この空を羽ばたく鳥のように。
 



収穫した野菜や、お城へ運べない家宝やら大事なものをすべて床下に埋めてしまうと、今度はお米を炊く。



登城した父上や源太の夕飯分のお弁当にと、収穫した根菜できんぴらを作り、摘み取った青菜は茹でて胡麻汚しにする。



本当は喜代美にもお弁当を届けに行きたいところだけど、容保さまに付き従い滝沢本陣まで出向いた彼を追いかけてゆく訳にもいかないし、

きっと彼らの食事は滝沢村の者達が賄ってくれているはずだから大丈夫と、ざわつく心の中を落ち着かせるため自分に言い聞かせる。





屋敷内も外も、慌ただしい空気が流れていた。

どこの家の者も、降って湧いたような「敵国境破る」の報せにあわてふためき、急ぎ避難の支度を進めていた。





おたか達と台所で忙しく立ちまわっていると、急ぎ使いに出ていた弥助が戻ってきた。



「さよりお嬢さま。ただいま戻りました」



簑と笠をつけた姿で、息せききって駆けてきたのか、両手を膝に置き呼吸が乱れている。

そんな弥助に駆け寄ると、労いの言葉とともに訊ねた。



「雨のなかご苦労さま。それで先方はなんて?」


「はい。屋敷内の始末をつけましたら、夕刻までにはこちらへ伺いますとのことでございます」


「そう……!それはよかった!なら、客間の用意もしなきゃ!」



弾みをつけて言いながら、安堵の息が漏れる。

おたかも安心したように声をかけてきた。



「よろしゅうございましたね。早鐘が鳴ってから急ぎお城へあがるのでしたら、本四之丁からではお年を召したお身体に難儀ですもの。

きっとさよりお嬢さまのお申し出にえつ子さまも喜んでおられますよ」





男子が登城してしまい、どの家も老人や女子供たちが残された。


家僕以外で家に残っている男子がいたとしたら、戦で傷を負ってまともに戦えず、自宅療養している者に違いなかった。





幸いわが家は歩行困難な老人も幼子もいなかったが、喜代美の実家が気にかかった。
高橋家にはお年を召したお祖母さまがおられる。


だから失礼を承知のうえで、えつ子さまに「わが屋敷においでいただけませんか」と声をかけてみたのだ。





「余計なお世話かと思ったけど、快くお受けしてもらってよかったわ」



おたかに笑い返すと、台所を頼んで客間へ向かった。





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