この空を羽ばたく鳥のように。

* 八月廿三日〜籠城戦、開始 *

 




その夜は、まんじりともせずに明け方を待った。



まだ暗いうちから起き出して、米を炊き皆で早めの朝餉を取る。

済ませるとお祖母さまは客間に戻り、母上は父上に届けるための着替えを用意し、私とみどり姉さまとえつ子さまは父上と源太の朝のお弁当をこさえた。





やがて東の空が明るくなってくると、いつしかやんでいた砲声が山の彼方からまた轟きはじめた。





「……ゆうべより、音が大きくなってまいりましたね」


「ええ。敵は間近です」



えつ子さまのつぶやきに私がきっぱり答えると、えつ子さまも察していたのか、驚きを見せずに引き締めた表情をこちらに向けて頷いた。





味方の兵が、防ぎきれていないのだ。





もともとわが藩の主力部隊は、白河口、日光口、越後口にと各戦線に兵力を分散され、いまだに国境付近で戦っていた。



敵は兵備の手薄な場所として母成峠を衝き、国境を破り雪崩を打って侵入してきたのだ。



城下に残る戦闘力は老兵と白虎隊ぐらいしかなく、
これを阻止すべく防衛に当たったのは、先んじて出陣した農工商から募って編成した奇勝隊・敢死隊や、神主・僧侶で編成された游軍隊・寄合組などの各部隊だった。





「お味方は大丈夫なのでしょうか」


「まだ割場(わりば)の鐘は鳴らないもの。きっとまだ大丈夫よ。お味方も何とか凌いでおりましょう」





城下の婦女子達が避難を始めるのは、割場の鐘が鳴ってからとの家並み触れのお達しだった。

割場はお城の西北隅にあって、そこの鐘が打ち鳴らされると、郭内数ヶ所にある鐘もこれに応じて鳴らされることになっていた。

鐘はまだ鳴っていない。





「お弁当の用意ができたから、弥助を呼んでくるわね。
もしかして父上から戦況をおうかがいできるかもしれない」



みどり姉さまは台所を出ると弥助を探しにいった。



「そうね。敵がどこまで迫っているのか、父上ならご存じかもしれないわ」



えつ子さまと顔を見合わせながら頷いて、台所の後始末を始めようとした矢先。



慌ただしい足音が聞こえたかと思うと、何者かが勝手口から土間に駆け込んできた。

驚いて見ると、



「源太!」



腰に大刀を帯び、胴丸をつけた武者姿の源太が、簑と笠を身に付けそこに立っていた。



「いきなり驚いた……。けどちょうどよかった、いま父上と源太にお弁当を届けようと……」


「それよりもお急ぎください……!これからお城へあがります!早く!早くお支度を!」



源太は息のあがった声で、私の言葉を遮り急き立てた。










※まんじりともせず……ちょっと眠ることもしないで。



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