この空を羽ばたく鳥のように。
 



いきなり言われた私達は戸惑うばかり。



「えっ……でも、まだ割場の鐘が鳴っていないのに……」


「鐘はほどなく鳴りましょう」



源太はきっぱり打ち消して、険しい表情で驚くべき現状を告げた。



「よろしいですか、心して聞いてください。

敵は日橋川に架かる十六橋を突破、今朝がた戸ノ口原にてわが軍を破り、怒濤のごとく峠をくだって滝沢本陣に攻め入りました……!」


「!! まさか……!!」





衝撃を受けて、私もえつ子さまもしばらく言葉を失う。





「そ、そんな……!じゃあ、お殿さまは? き……喜代美はどうなったの!?」



震える声で訊ねると、源太は顔を歪めて目を伏せた。



「宰相さまは滝沢本陣からお立ち退かれ、急ぎお城へ向かっておられるとの事です。

喜代美さまは……白虎士中二番隊の皆さまは、昨日(さくじつ)のうちに戸ノ口原へ援軍に向かわれたそうでございます……!」



耳を うたがった。









敵は母成峠を破り国境に侵入すると、破竹の勢いで猪苗代城を攻め、それを落とすと猪苗代湖畔を進み、北西にある日橋川を目指した。


日橋川に架かる十六橋は若松への重要拠点で、それを熟知していた敵の先鋒はこの橋を確保しようとものすごい勢いで押し寄せる。



対するわが軍も、日橋川を渡らせまいと十六橋の破壊に着手するが、この橋は石で作られた堅牢な橋だったため難航し、一部を壊しただけですぐ橋を奪いあう攻防戦となった。



しかし圧倒的な火力で攻められ味方は退却。
十六橋を勝ち取った敵の先鋒は大軍を呼び寄せ、戸ノ口原で防衛しようとする味方を打ち払い、そのまま大挙して峠を押し寄せてきたのだという。








目の前が真っ暗になりそうだった。





「ああ……そんな……!! 喜代美……!!」


「えつ子さま!」



青ざめたえつ子さまが呻いて膝を折る。
駆け寄り支えるも、私も同じく蒼白だった。

膝がガクガクと震え、結局支えきれずにふたりして膝をつく。





なんということ。





出陣といってもお殿さまの護衛。おそばにおれば、まだ危険はないと思っていた。

それなのに。昨日のうちに、すでに最前線へ出向いていたなんて。





(じゃあ……じゃあ、ゆうべ喜代美はあの嵐の中を戦場で過ごしたというの……!?)





戸ノ口原といえば、大野原と合わせた広大な原野と聞く。

そんな中で夜を過ごすなど、雨露しのげる陣屋もなく野ざらしになったに違いない。





身体を冷やして、体調を崩していないだろうか。

兵糧はきちんと行き届いていたのだろうか。










※破竹(はちく)の勢(いきお)い……勢いが激しくてとどめることができないこと。

※大挙(たいきょ)……大勢のものが一団となって事にあたること。

※野(の)ざらし……野外で風雨にさらされること。



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