この空を羽ばたく鳥のように。
 





今が死すべき時と思わない。

生き残ることが恥とは思わない。





喜代美も、私も。





ただ、与えられた「今」を精一杯生きる。





再び導かれめぐり逢い、ともに生きてゆける未来を信じて。










「きっと喜代美も、同じ思いでしょうから」





えつ子さまに向けて淀みない声で告げると、えつ子さまは目を瞠った。





えつ子さまはどう思われただろうか。



ともに生きてゆきたいと願う自分達の望みを腹立たしく思われただろうか。



本来ならばお殿さまのために尽くし捧げなければならない命。

それを惜しみ、己の幸せのために生き永らえようとはなんたる浅ましさとなじるだろうか。





それでも構わないと思っていたのに、案に反してえつ子さまは目元をゆるめた。





「あの時と同じね」


「あの時……とは」


「わたくしが初めてさよりさんにお会いした日ですよ」





言われて思い返す。


えつ子さまと初めてお会いしたのは、去年の春。
喜代美がえつ子さまと母子水入らずで中田権現さまを参拝した翌日のこと。

出かけた先で、不覚にも野犬に噛まれた喜代美の失態を詫びるため、屋敷を訪れたえつ子さまに私は初めてお会いしたのだった。





「あの時もそうでした。あなたの喜代美を信じる心には、一点の曇りもありませんでした。

あのおりわたくしは、あなた達はとても強い信頼で結ばれていると感じたものです」



私は否定してゆっくりとかぶりを振る。



「いいえ、えつ子さま。私は二度も喜代美の心を疑ってしまいました。

ですから今度こそ信じたいのです」





たとえ自分の思いに反した振る舞いをされても、喜代美の行動はすべて私を思うがためとわかったから。





(喜代美はいつも私のことを大事に思ってくれた。
だから私も、喜代美の思いを理解してあげたい)





ともに生きる幸せのみを考えるのは、女子の了見。


男子には、ことに武家に生まれた者ならば、たとえ本心は違うところにあっても果たさねばならぬ勤めがある。





(喜代美のそれは、忠義だ)





私は、たとえお殿さまのためであろうとも、喜代美の命を差し出したくはない。


けれど喜代美なら、喜んで自らの命を捧げるだろう。


それが、小さい頃から繰り返し教えられてきた忠義だから。





ならば、喜代美が忠義をまっとうできるよう、心から祈ろう。




その忠義を果たしたら、きっと私のもとに戻ってきてくれると信じて。










※了見(りょうけん)……考え。また、気持ち。



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