この空を羽ばたく鳥のように。
思いを込めたまなざしを向けると、それを受け止め、えつ子さまも頷き返しておっしゃった。
「ええ……そうですね。わたくしも信じます。
あなたが信じ続ける限り、あの子もまた同じように信じ、あきらめず戦っているのだと。
ですからわたくし達も、あきらめたりせずお城でともに戦いましょう」
「えつ子さま……」
その言葉に気づく。
そうだ。
お城に入るというのはそういうこと。
お城なら無事でいられると漠然と思っていたけれど、現実はそうじゃない。
軍事局で籠城戦を決めたのなら、もっとも危険な場所へ身を投じることになる。
もっとも危険で、逃げ場のない――――それこそ命をかけた戦いに。
(それでもかまわない。私は喜代美とともに戦う)
唇を引き結んで強く頷いた。
「ありがとうございます、えつ子さま。
さあ、だいぶ遅れをとりました。支度を急ぎましょう。
私は母と姉にこの事を伝えてまいります」
「ではわたくしも」
そろって台所を出ようとすると、支度を手伝うべく簑と笠をはずした源太がえつ子さまへ声をかけた。
「奥方さま、お刀自さまは私めが背負って参りましょう。
荷物は弥助にお任せください」
「それは……かたじけのう存じます。
ですがこちらも下男をひとり連れて参りましたので、荷物はその者に持たせます」
源太に向き直り、えつ子さまはていねいに頭を下げる。
先に台所を出ると、みどり姉さまが青ざめた顔で戻ってくるのに出くわした。
「あ、みどり姉さま。今お知らせにまいろうと……」
「さより……弥助が、弥助がどこにもいないの!」
こちらが言い終わらぬうちに、みどり姉さまはわめくようにおっしゃった。
「弥助が?……まさか、そんなはずありません。すれ違っただけじゃないですか?」
駆け寄る姉さまに笑ってこたえても、姉さまは表情をゆるめない。
「違うの……本当にいないのよ!裏庭や厠まで探してみたけれど、どこにも……!
悪い予感がして弥助の部屋を覗いてみたら、荷物が全部なくなってたわ。
それどころか、昨日床下に埋めた金子まで、全部掘り起こされて持っていかれたようなの」
「そんな……まさか!」
私の顔も、いっきに青ざめる。
みどり姉さまと一緒に弥助を探していたのか、後ろから同じように青い顔をした母上がふらりと現れ、私達の前で力なく頽れた。
「母上!」
驚いて駆け寄り、同じように膝をつくと母上を支える。
母上は蒼白な顔を横に振った。
「まさか弥助が……」
(そんな……あんなに尽くしてくれてた弥助がこんなことするなんて……!)
驚きを隠せず動揺する私達の後ろで、事態を察した源太が苛立たしげに舌打ちした。
「おのれ弥助め……!この一大事に主人を裏切り逐電するとは!!」
怒りのあまり吐き捨てた罵声を、呆然と耳にする。
立ちつくす私達に、さらなる追い打ちをかけるがごとく――――割場の鐘がけたたましく鳴り響いた。
※刀自(とじ)……中年以上の婦人を尊敬を込めて呼ぶ語。
※頽(くずお)れる……倒れるように座り込む。
※逐電(ちくでん)……逃げ去って行方をくらますこと。
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