この空を羽ばたく鳥のように。
 



狂ったように打ち鳴らされる半鐘の音に耳を傾けながら、横顔を向けた源太が言った。



「ぐずぐずしている暇はございませんな。皆さま、そのままのお姿で構いません。すぐお城へ参りましょう」


「ええっ?でも……お城へあがるのに、普段着のままなど失礼にあたるんじゃ……」


「そんな悠長なことは申しておられません。半鐘がなったということは、敵が間近まで迫った証拠。もう郭門まで押し寄せておるやもしれません」


「まさか……」


「もはや一刻の猶予もございませぬ。皆さまお急ぎください」



源太は落ち着きを取り戻した声で大きくはっきり告げると、座り込む母上の前まで進んで跪(ひざまず)いた。



「奥さま。お城で旦那さまがお待ちです。さあ 参りましょう」


「源太……」



源太は不安がる母上とみどり姉さまを安心させるように、交互に顔を見つめるといつもの彼らしいさわやかな笑みを見せた。



「ご案じなさいますな、みどりお嬢さま。私におまかせください」





弥助に裏切られた今、源太の言葉はとても頼もしいものに聞こえた。


この場にいた女達はみな、頼りにする心地で立ち上がった源太を見つめていた。


源太も私達を見渡して言った。



「よろしいですか、皆さま。これよりはすべて私の指図どおりになさってください。

この身にかえましても、皆さまをご無事にお城までお連れいたします。
この源太を信じ、どうか離れずについてきてください」





その凛とした声に背中を押された気がして、私も強く応える。





「わかったわ、源太を信じます。どうか私達家族をよろしく頼みます」





源太も頷き返すと真摯な顔で指示を述べた。



「では当座の食糧をご用意ください。着替えなどは出来るだけ最小限にとどまれますよう。

残りの荷物は一ヵ所に集めておき、頃合いをみて私が運んでおきます。

あとは必要なものだけをお持ちください。支度が出来たらすぐ出立いたします」



皆も強く頷くと、足に力を込めて立ち上がり、それぞれの支度に急ぎ動き始めた。










※当座(とうざ)……さしあさっての。しばらくのあいだ。



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