この空を羽ばたく鳥のように。
 



と、群衆を隔てた向こう側に見知った顔を見つけて、思わず足を止める。





(―――竹子さま!)





見ると、やはり白たすきに白鉢巻き姿で、あでやかな青味がかった縮緬の着物を身に纏い、薙刀を手にした竹子さまが、ご母堂の孝子さま、妹の優子さまとご一緒に、やはり同じく御門の前で立ち尽くしていた。





「竹子さま!」





心配していた心が安堵に変わり、会えた喜びに大声で呼びかけるも、竹子さまは気づかない。



竹子さま達三人は、通りがかった藩士を捕まえて何か問い詰めていた。

そして藩士からなにがしか答えをもらうと、孝子さまや優子さまと頷きあい、西の方角へ駆け出してゆく。





「お待ちください、竹子さま!竹子さま!!」





いくら呼び止めても、この騒ぎでは竹子さまに声が届かない。



竹子さま達は、この騒然とした人混みの中を縫うようにすり抜け西を目指してゆく。





「待ってください!私も一緒に連れていってください!竹子さま!竹子さまぁ!」


「さより!」



あわてて後を追うも、人垣に阻まれて前に進めない。

いきなり別方向に駆け出そうとした私を、みどり姉さまが引き留めた。



「さより、どこへ行くの!はぐれてしまうではないの!」


「姉さま……けれど私……!」



みどり姉さまを振り返った刹那、鋭い声が耳に届く。





「―――敵だ!敵が来るぞ!!」





突然の声と報せにそちらを顧みると、騎馬で駆けつけた藩士が大音声で叫んでいた。



「甲賀町口が破られた!敵が攻めてくるぞ!一之丁を西へ逃げよ!」



その下知の声も、最後あたりは砲撃の大爆音によって掻き消される。



「早く!一之丁を西へ!河原町口から郭外へ出るのじゃ!急げ!」



一之丁を西へ、河原町口から郭外へと、同じ言葉を繰り返しながら藩士は馬を疾駆させていった。

あたりは驚愕と悲鳴に包まれ、群衆は乱れた。

恐慌を起こして大混乱に陥った民達は、蜘蛛の子を散らすように御門から離れ、われ先にと西へ逃げ出した。










※下知(げぢ)……さしずすること。言いつけること。

※恐慌(きょうこう)……恐れあわてること。

※甲賀町口……北側にある郭門のひとつ。この門を抜けて郭内に入ると、甲賀町通りをまっすぐ進んでお城正面まで行くことができた。
藩主が参勤交代やお国入りなどで通る門として使われていた。

※一之丁……本一之丁の通りのこと。お城正面と平行して東西にのびている。
甲賀町通りとともに、郭内の主要道路だった。

※河原町口……本一之丁の一本南側にある、米代一之丁の通りをまっすぐ西へ向かった先にある郭門。
ここから郭外へ出て、河原町、材木町を通り抜けると下野街道へ至る。



< 336 / 566 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop