この空を羽ばたく鳥のように。
兵士達のせわしない足音と怒号が聞こえる。
そう遠くないところで轟く爆発音。そして、逃げ遅れた者達の悲愴な叫声が瞭然と耳に届く。
目に映る景色はどこもかしこも雑然としていて、小屋の陰にひそんだお年寄りや幼い子供らは、雨音とともに響いてくる銃声に身を寄せあって怯えている。
人夫らが弾薬や兵糧を載せた大八車を押して、慌ただしく目の前を行き交う。
戦いに臨む男達は殺気を孕んだ目を異様なまでにギラギラさせ、槍や抜き身の刀身を手に泥をはねあげ駆けてゆく。
私達がやっとの思いでくぐり抜けてきた城門から、同じように避難してきた藩士の家族が、小糠雨の中を続々と入ってきては、落ち着ける場所を求めて列を作り奥へ奥へと進んでゆく。
すべてが、混乱していた。
小さな蔵の一角になんとか身を落ち着け、他の家族と一緒に雨を避けながら、そんな光景を呆然と眺める。
後ろを覗くと、天井まで届く作り付けの棚に、たくさんの書物が所せましと積み上げられている。
書物はこの雨のせいで湿気を含み、ずいぶん重そうに見えた。
察するにここは文庫蔵なのだろう。
「ああ……」
ため息しか出ない。
あれから私達は、お城の南側へまわり、まだ閉ざされてなかった城門からようやくお城へ入ることができた。
けれど半鐘が鳴らされてから後の軍事局のあまりの仕打ちに、憤りを覚えずにはいられない。
敵が城下に侵入した際に頼みの綱となるはずの軍事局が、逃げ惑う民を受け入れようともせず、早々と城門を閉ざすなんて。
(敵が間近まで迫っているとしても、あんまりだわ。
半鐘が鳴るまで屋敷で待機しろと御触れを出したのはそっちじゃないの)
軍事局はまるで押し寄せる敵を駆逐することしか考えてない。
民をいかに避難させるかなど、二の次なんだ。
逃げ遅れた人達の身の危険を考えると、どうしても胸が塞ぐ。
おますちゃんは大丈夫だろうか。早苗さんは。
ふたりとも、住まいが甲賀町郭門に近かった。
無事 避難できただろうか。
ちらりと となりを見る。
母上にみどり姉さま。えつ子さまにお祖母さま。
あの混雑する雑踏のなか、皆はぐれることなくお城に入れることができた。
すべて 源太のおかげだ。
その源太は、お祖母さまを背負い私達を気遣いながらお城まで導いてくれたあと、汗だくになりながらもホッと安堵の表情を見せ、
私達にここで待つよう言い置いたあと、無事にお城へ到着したことを報せるため、
この混雑のなか、休む間もなくひとり父上のもとへ向かった。
残された私達は、二の丸にある文庫蔵に、避難してきた他の家族と雨宿りをしながら待つことになる。
※瞭然(りょうぜん)……はっきりしているさま。明白なさま。
※雑然(ざつぜん)……いろいろなものが入りまじってまとまりがないさま。
※人夫(にんぷ)……雑用の力仕事をする労働者。
※駆逐(くちく)……追い払うこと。
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