この空を羽ばたく鳥のように。
お城の正面にあたる北出丸では、目前に迫った敵軍との攻防戦がとうとう始まったらしい。
激しい銃撃戦の音と吶喊の声があたりを包み、避難してきた家族に切迫した緊張感を与えた。
(これからどうなるのだろうか)
私は戦う決意をもって登城した。
けれどここに来た全員が、その覚悟を定めてお城に集まったわけじゃない。
まわりを見渡す。
お年寄り。幼子。
守らなければならない者達がたくさんいる。
彼らは戦闘能力を持たないか弱い者達だ。
(この人達を、無事守ることができるだろうか)
軍事局は、彼らをちゃんと守ってくれるのだろうか。
先ほどの状況からその問いに不安がつきまとい、知らず薙刀を掴む手にギュッと力が入る。
そのとき、
「おお……皆、無事であったか!」
ふいに聞こえた声に振り向くと、となりで座っていたみどり姉さまが泣きそうな顔でおもむろに立ち上がった。
疲れきった面持ちの母上の表情にも、一筋の希望が輝く。
「旦那さま……!」
「父上!」
源太からお城に着いたとの報せを受けた父上が、私達のもとへ駆けつけてくれた。
父上自ら、出迎えに足を運んでくださるなんて。
今までにない行動を起こすほど、深く家族の身を案じていてくださったのだと思うと、どうしても目元が潤む。
「源太、よくぞ皆を連れてきてくれた。お前の忠義、ありがたく思うぞ」
父上が背後で控える源太を振り向き、労いの言葉をかける。
片膝をついて顔を伏せていた源太は、喜びを滲ませることもなく、表情を引き締め生真面目に応えた。
「はっ。今こそ長年の恩顧に報いる時と心得ますれば」
「うむ。危急のおりこそ、その者の忠義心が知れるというものじゃ。お前のような忠義者を持って幸いじゃった」
「津川さま、その通りでございます。わたくしも下男に逃げられ、腹立たしい思いをいたしました。
ですがこの者はまことの忠義者。かような奉公人をお持ちになる津川さまが羨ましく存じます」
父上のお言葉にえつ子さまが口を添えると、母上も首肯しておっしゃる。
「本当に。無事お城へあがれたのは、ひとえに源太のおかげです」
みどり姉さまも頷いた。
「そうよ。源太がいなかったら、さよりも鉄砲玉のように飛び出して行ったでしょうし、皆も散りぢりにはぐれてしまったことでしょうね」
ジロリと父上ににらまれ、私は首をすくめる。
「う……。源太、ありがとう。本当に感謝しています」
主人と女達に口々に誉め称えられた源太の頬が照れくさそうに緩む。
けれどその瞳には、役目を成し遂げた誇らしさが滲んでいた。
父上は、源太から弥助の件を聞いたのだろうか。
じかに弥助を叱責する言葉はなかったけれど、源太を誉め称えることで弥助の所業を非難しているのかもしれない。
とにかく父上と無事に会えたことで、私達の顔は安堵に緩んだ。
※吶喊(とっかん)……敵陣に突撃するとき、ときの声をあげること。
※所業(しょぎょう)……行い。しわざ。
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