この空を羽ばたく鳥のように。
「ち、父上!煙が……黒煙が見えます!ご城下が……!」
よぎる不安に思わず叫ぶと、母上や皆も空を見上げて短く悲鳴をあげる。父上は空を仰(あお)ごうともせず、険しい顔で応えた。
「案ずるな。よいのだ」
「……!」
(まさか……)
「殿から賜(たまわ)ったお屋敷を、奸賊どもに蹂躙させる訳にはいかぬ。
そのうえ遮蔽物は、敵を潜ませ相手を優位に立たせる。遮蔽物がなければ、奴らは丸裸も同然じゃ」
父上のお言葉に、皆が青ざめて息を呑む。
目が眩(くら)むようだった。
「……火を放ったのは、ご家中の方なのですね?」
敵の行為ではなく、わが藩の者の手で。
父上は背を向け応えなかった。
その背中が、私の問いに「そのとおりだ」と肯定していた。
なんということ。
「……なぜですか?なぜなのですか!
城下には、避難もできずに行き場を失った者達がたくさん残っておるのですよ!?」
お城に入るまでの、あの状況を見てきたから分かる。
この短時間に、あれだけの民が城下から逃げ果(おお)せる訳がない。
火を放つことは、敵の目を免れるために屋敷に身を潜ませていた者達を炙りだし、焼け死にたくなければ敵に身を曝(さら)さなくてはならないという、さらなる窮地に追い込むかもしれないのに。
それなのに。
「軍事局の方がたは、何ゆえ民の安全を第一に考慮してはくださらぬのですか!
早くに城門を閉ざして城下に火を放ち、どこへなりとも立ち退けとは、あまりのなさりようではございませんか!」
「控えよ!さより!」
父上の一喝で、思わず身がすくむ。
それでも非難のまなざしを向ける私に、父上は厳しい面持ちでやおら振り向いた。
「お前は心得違いをしておる」
「心得違い……?」
「そうじゃ。わしがお前達に城へ参れと申したのは、身の安全をはかるためではない。
この国の一大事に、全力で事に当たるためじゃ。
会津の汚名を雪ぐために。殿の名誉を守るために。
今こそ家中の者すべてが命を擲(なげう)ち、一丸となって戦わなければならぬのだ」
※奸賊(かんぞく)……卑劣きわまりない悪人。
※蹂躙(じゅうりん)……ふみにじること。
※家中(かちゅう)……藩の家臣。藩士。
※肯定(こうてい)……その言葉を認めること。
※やおら……ゆっくりと。おもむろに。
※心得違い(こころえちがい)……思い違い。誤解。
※雪ぐ(そそぐ)……身に受けた恥辱・汚名などを消し去り、名誉を回復する。すすぐ。
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