この空を羽ばたく鳥のように。
 




「よく城へ駆けつけてくれました。皆に礼を言います」



照姫さまの仰せに、そこにいる誰もが恐縮して再び頭を下げる。



「とうとう王師と謳(うた)う薩長軍が、わが故郷の地を蹂躙するべく攻めて参りました。

城下に残っていた殿方は、老若年なく殿と城を守るため戦っております。

わたくし達も殿の御為、出来うる限り力を尽くさなければなりませぬ」



一度 お言葉を区切ると、照姫さまは皆を見渡された。



「奥のこと一切はわたくしが取り仕切ります。皆もどうか、この照に力を貸してください」



臣下の家族に対して、ためらうことなく頭を下げる照姫のお姿を見た皆の目には涙が浮かんだ。



「なんというもったいない……」


「私どもの命など、いつ捨てても惜しくはありませぬ」



皆が感極まって涙ながら口々に言うと、照姫さまはまなざしを和らげて頷かれた。



「皆、頼りにしております」








照姫さまが退出なされると、私達はその意を受けた奥殿の女中若年寄表使・大野瀬山さまと御側格表使・根津安尾さまご両人に、それぞれの場所に移るよう命ぜられた。



みどり姉さまとえつ子さまは炊き出しのために台所へ。

私は大書院に設けられた負傷者の看護に当たることとなった。



他の方がたと一緒に大書院へ向かうと、異様な光景が目に飛び込んできて、思わず息を呑む。



蒲生氏郷公の時代に造られたという贅をつくした絢爛豪華な大書院には、あまりにも似つかわしくない血まみれの兵達が無造作に寝かされていた。

広々と敷かれた畳は泥と血で汚れ、苦しげな呻き声とむせかえる鉄臭い匂いに口元を押さえずにはいられない。





(これが……血の匂い)





初めて嗅ぐ血の匂いに衝撃を受け、あまりの有りさまに呆然と立ち尽くす。

そこへ看護に当たっていた女中から叱咤された。



「何をしておるのです!ぼうっとつったってないで早く手を貸しなさい!」


「はっ、はい!」



叱られた女達はようよう動き出し、大声で指図しながら忙しく戦傷者を見てまわる医師や女中達に付き従う。



何をしたらいいのか分からない私は、戸惑いつつもとりあえず傷を負って寝かされた藩士ひとりひとりに声をかけながら見てまわった。



「お気を確かにお持ちください」


「大丈夫、傷は浅手ですよ。しっかり治して、また戦ってくださりませ」



慰めにもならないような言葉をかけながら見てまわると、頭に血で真っ赤に染まった包帯を巻いて寝かされていた藩士が、苦しさに呻きながら、あえぎあえぎ声をかけてきた。



「もし……み、水を……」


「水ですね、かしこまりました。今すぐお持ちいたします」



すぐさま応じると、その藩士は少しだけ安堵したように微笑した。



勢いよく立ち上がったものの、どこへ行けば水をもらえるのかが分からない。

勝手が分からず、大書院を出たところでうろうろしていると、救いの声をかけられた。










※王師(おうし)……帝の軍隊。


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