この空を羽ばたく鳥のように。
 



「おさよちゃん……?おさよちゃんじゃない!」



声に振り返ると、手に水を汲んだ桶を抱えたおさきちゃんの姿が目に映る。



「おさきちゃん……!? よかった、無事だったのね!!」


「おさよちゃんこそ!もう会えないかと思った!」



おさきちゃんは桶を置いて駆け寄り、私達は手を取りあって喜んだ。



不安な心に少しだけ光りが差す。
おさきちゃんも難儀しただろうに、変わらない笑顔を見せてくれる。



「おさよちゃんも、看護のほうに?」


「ええ、そうなの。けれど勝手が分からなくて……そうだ、おさきちゃん。水はどこへ行ったらもらえるのかしら。
水を所望している方がおられるのだけど、どこでもらえるのか分からないの」



おさきちゃんは大仰に頷いた。



「水ね。飲み水なら、この大書院の広縁の脇に大きな水瓶が設けられてあるから、そこから汲むといいわ」


「ありがとう、助かったわ!あとで手が空(す)いたら話しましょう」


「ええ。あとでね」



笑顔で応じるおさきちゃんにお礼を言って、急いで水を汲みにゆく。



広縁を降りた庭に置かれてあった水瓶から、脇に置いてあるお碗に柄杓(ひしゃく)で一杯分の水を汲むと、大書院へ戻った。



「お待たせいたしました。水でございます」



水を所望した藩士のもとに戻り、声をかけてみたが、藩士は目を閉じていて応(こた)えない。



待ちくたびれて眠ってしまったのだろうかと顔を覗き込んで、あることに気づいた。





(静かだわ……さっきまで、あんなに苦しそうにしてたのに)





嫌な予感がして、顔を藩士の口元に近づけてみる。
――――息をしていない。



「……先生っ、先生!」



大声で医師を呼ぶと、大書院に何人かいた医師のひとりが駆けつけてくれた。

すぐさま腕を取り、脈を確認するが、難しい顔の医師は残念そうに首を横に振っただけだった。



「そんな……!」





ほんの。ほんのさっきまで、生きておられたのに。





愕然として、力を失った手からお碗が転がり落ちる。

汲んできた水は望んだ人には届かず、私の袴に悲しい染みを残して吸い込まれた。










※広縁(ひろえん)……幅の広い縁側。



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