この空を羽ばたく鳥のように。




 おさきちゃんは苦笑したまま言う。



 「おさよちゃんの弟君にはお目にかかったことないけど、話を聞く限りでは性格がまるで違うようだもの。
 うちの雄治は騒がしいし、生意気だし……」



 と、おさきちゃんが言っている間にも、廊下をドタドタと走る音が聞こえてくる。



 「ほらね。(せわ)しないでしょ?」



 おさきちゃんはさらに苦笑した。



 そして「ちょっとごめんね」と言って立ち上がると障子を開け、廊下のほうへ大声を出す。



 「雄治!お客さまがいるのよ!静かにしてちょうだい!」



 騒がしい足音が、おさきちゃんの前でピタリと止まった。

 障子越しに影が見える。この子が弟君ね?



 弟君は障子の隙間からひょいと顔を覗かせた。

 その顔は、おさきちゃんとよく似ている。

 弟君は私の顔を見ると、あからさまに残念そうな顔をした。……何なんだ?



 「こんにちは。お邪魔してます」



 私が挨拶すると、彼は黙って頭を下げる。



 「あ、ちょうどよかった。ねえ 雄治、あんた、津川喜代美どのを知ってる?ほら、米代二之丁の。
 こちらは喜代美どのの姉君よ」


 「津川?……ああ」



 弟君はぽつりと繰り返す。



 「そう、喜代美どの。あんたと同い年の。となりの組なんですって。

 あまり心を許せるお友達がいないみたいなの。
 あんた、仲良くしてあげて?」



 日新館は入学すると、居住地域別に毛詩(もうし)三礼(さんれい)尚書(しょうしょ)二経(にきょう)の四つの塾に分けられ、
 さらにその塾の中でもやはり地域別に一番、二番組と分けられていた。



 喜代美の住む郭内米代丁は尚書塾一番組。
 おさきちゃんの弟君が住む郭外花畑は同じ尚書塾の二番組だ。



 となりの組なら 声もかけやすかろうと、両手を握り胸に期待を膨らませるけど。



 「無理だ」



 彼は渋っ面で即答した。


 あっさり拒否されてしまい、私はがっかり。



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