この空を羽ばたく鳥のように。




負傷者はどんどん増え続ける。

この日の死傷者はものすごく、大書院だけでは収容できなくなり、小書院も負傷者の病室にあてがわれた。

亡くなった者を安置する場所はなく、すぐに運ばれ、城内の梨畑や空井戸に葬られてゆく。



そんな光景を沈痛な思いで眺めながら、私は汚れた包帯や手拭いなどを洗おうと、盥を抱えて大書院の広縁から庭に出た。

場所を訊ねつつ井戸へ向かうと、長局の棟の前に大きな井戸があった。何とか汲み上げると、ほうぼうで使用しているためか、水はだいぶ濁っていた。

その水を使い、洗濯を始めた。大砲の衝撃で地面が揺れる。それでもまだ威力は御殿まで届かない。家中の皆さまがたが、必死に防戦してくださっているから。





……コォーッ コォーッ





ふと聞こえた鳴き声に、洗濯の手が止まった。空を見上げると、この黒煙と灰色の雲が隙間なく覆う暗い空のなか、轟音に怯えもせずに一羽の白鳥が東の空へ向かって飛んでいく。





「白鳥………」





真っ白なからだを輝かせ、力強く羽ばたいて。
その羽音は、この喧騒の中でも不思議と耳まで届くようだった。




もう、到来したんだ。





立ちあがり、頭上を過ぎ去ってゆく白鳥を見上げながら、夢で見た面影を重ねる。





(あの夢と同じ……夢じゃなかったのかしら)





いいえ。夢と違うのは、となりに喜代美がいないこと。



視線を動かし、となりにいないことを確かめてしまうと、寂しさが心を覆う。





夢の中で喜代美は言っていた。たとえ現し身はどこにあろうとも、心はともにあると。





胸元に両手を重ねる。いつもここに喜代美はいる。



そう思っても消えてゆく白鳥を見つめながら、その姿を追い求めたい気持ちに駆られた。





(私もーーー私も、この空を飛べたらいいのに)





白鳥になって、この空を自由に飛び回れたらいいのに。





もしも 今、鳥になれたら。

私は迷わず、喜代美のもとへ向かうのにーーーー。






消えゆく白鳥を見つめながら、喜代美の無事を祈る。





(どうか、生きていてーーーー)





援軍がきっと来る。各地にいた部隊も戻って来る。


それにもうすぐ、冬がくる。



雪が降るころまで持ちこたえられたら、勝機が見えるだろうか。



西軍諸藩はここより暖かな国に住むという。
会津の冬には耐えられまい。



けれど、今は八月。雪が降るまで、少なくともあとひと月以上はかかる。





これから、どうなるのだろうか。





終わりの見えない不安が、痛みを伴うしこりのように確かな形を作りつつあった。



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