この空を羽ばたく鳥のように。




名前を聞いて、驚いた。



源太の話では、彼が志願した決死隊の隊長の名が、山浦鉄四郎という人ではなかったか。



「これは……!隊長どの自ら源太をお救いいただけるなんて……!」



あわてて手をつかえ直す。
青年武士ーーー山浦さまは、苦笑して手を振った。



「よしてください。隊長など、たまたまその場に居合わせて仰せつかったにすぎません。
それに城に戻るまでに、たくさんの者が討死しました……私は隊長の器じゃない」


「そんな……」



山浦さまはつらさを隠すように目を伏せる。
けれどもすぐに、わざと明るい声をあげた。



「それより、源太を褒めてやってください。この者は槍の腕前も然(さ)る事ながら、その気迫は並々ならず、まこと鬼神の如くでござった」


「さようでございますか……?」



「いかにも」と、山浦さまは頷く。源太を褒められるのは嬉しいことだけど、正直、複雑な思いだった。



「私は心配でたまりませんでした……。大砲や小銃相手に槍で迎え討つなど……とても正気の沙汰ではないと思っておりました」



すると山浦さまは笑って、思わぬことをおっしゃった。



「源太もあなたのことを案じておりましたよ」


「えっ……?」


「あなたも薙刀を手に、讃岐門に迫る敵と戦っておられたのでしょう?
源太はそれに気づいて、城に戻ろうと城下の焼け残った屋敷に身を潜めていたおり、あなたのことをひどく案じておりました」


「源太が……」



横になって眠る源太を見つめる。源太もあの時、私に気づいていたんだ。



「敵と刃を交えたあなたなら お分かりになるはずだ。小銃にも弱点はある」


「それは……」





私も気づいていた。たしかに小銃は万能ではない。遠くの敵を倒すには適しているが、接近戦には向かない。
単発銃ならなおさらだ。一発撃ってしまうと弾込めに時間がかかる。いきなり真横から斬り込まれたら、ひとたまりもないだろう。
たとえ連発銃でも、ひとたび間合いに入ってしまえば、俄然刀槍のほうが有利なのだ。





「火器の差は如何《いかん》ともしがたい。しかし我らがひたすら突貫あるのみと敵に討ってでるのは、玉砕を覚悟してのことではない。接近戦に持ち込めば勝機があるからだ。

源太はそれを充分心得ていたからこそ、真っ先に一番槍を振るっていた。その働きで皆の士気が上がった。おかげで敵を駆逐できた」


「そのお言葉を伺えば、源太も喜ぶことでしょう。目が覚めたらぜひもう一度、本人にお聞かせくださりませ」



源太を誇らしく思い、胸に広がる嬉しさに押されてお願いすると、山浦さまは首を横に振った。



「いや、それはあなたからお伝えしてもらいたい。私は殿への報告を済ませたのち、すぐに戦線へ戻ります」



山浦さまは、眠っている源太を温かなまなざしで見つめる。
なぜだろうと窺っていると、その視線に気づいて、ためらいながらも教えてくれた。



「源太を見てると、かつての友人を思い出すのです。純粋で、窮地に落ちても希望を捨てず、何事にも真っすぐ打ちこむ。その姿がよく似ている」


「……そのお方は、いまどちらに……?」



その質問に、山浦さまは表情を曇らせた。聞いてはいけないことを浅慮に訊ねてしまったと、あわてて手をつかえて詫びる。



「も、申し訳ございません!山浦さまのお気持ちも考えず、不躾に聞き出そうとして……」



「いや、いいんですよ」と、気分を害することなく山浦さまはおっしゃると、少しだけ口角をあげた。


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