この空を羽ばたく鳥のように。



そうして静かに語り出す。



「その友人とは、私が新撰組にいた頃の同志です」


「新撰組……」





名前だけなら知ってる。たしか、会津藩が京都守護職を務めていた際に、江戸から来た浪士達を抱え、市中警護に当たらせていたという―――たしかそれが、新撰組。

新撰組は、実力派の剣客揃いであったという。
そんな隊の中に、山浦さまが?





「山浦さまは、新撰組におられたのですか」



訊ねると、山浦さまは自嘲した。



「まあ、一介の平隊士ですけどね。藩の命令で一時(いっとき)ではありますが在籍しておりました」





山浦さまのお話によると、新撰組が名をあげた有名な事件があったそうだ。

京の都と御所に放火し、驚いて参内する守護職(容保さま)を殺害、帝を長州へ連れさる算段をしていた尊攘派浪士の企てを、事前に察知した新撰組はそれを阻止するべく、長州他各藩の浪士達が集合していた旅籠(はたご)池田屋に踏み込み、これを一網打尽にした。

『池田屋事件』と呼ばれたその出来事で新撰組の働きを称えた容保さまは、負傷した隊士の補填のために家中の藩士七人を応援として新撰組に派遣した。その内のひとりが山浦さまだったという。





「では、そのご友人とは、新撰組の方なのですね」


「ええ。あやつは歳こそ私のひとつ下でしたが結成以来の者であって、若年ながら組長も勤めておりました。度胸がよくて真っ先に斬り込むから、“魁先生”などと呼ばれておりましたよ」



懐かしい友人を重ねて見るように、源太に視線を注ぐ山浦さまの表情は、心なしか悲しそうな、寂しいものに見えた。





(きっとそのお方は、もう生きておられないのだわ)





これまでの戦いのあいだに、亡くなられてしまったのだろう。

そう察して、胸が痛んだ。





「新撰組での経験は、私にとって得難いものになりました。隊にいたのはついこのあいだのようで、ずいぶんと遠い昔のようにも思えます」



山浦さまの口調は、しみじみとしたものだった。





上洛してからの会津藩は、八月十八日の政変、禁門の変、鳥羽伏見の戦いと、目まぐるしく動く時代の流れに翻弄されながら戦い続けてきた。

朝廷と幕府のために、君臣ともに粉骨砕身して忠誠を尽くしてきたのに。

会津藩は大樹公にあっさり見捨てられた。

行き着いた先が、『朝敵』の汚名と国の存亡の危機だなんて。



こんな理不尽なことってない。

なぜ天は我われを見放したのか。





「……それでも、新撰組は他の幕臣の方がたとともに、会津を守るため国境で戦ってくだされたと聞き及んでおります。本当にありがたいことです」



感謝の言葉を口にすると、山浦さまは苦笑した。



「会津を守るため……か。山口さんはそのつもりだったかもしれないけど、土方さんはどうかな。だだ西軍に負けたくないだけかもしれない」



ひとりごとのようにつぶやかれ、知らない名前に首をかしげるしかできずにいると、山浦さまは、「いや、つまらぬことを申した」とはにかんだ。



「油を売るのはこれぐらいにして、そろそろ参ることにします。命永らえば、また伺います」



そうおっしゃって立ち上がると、山浦さまは大書院を出ていってしまわれた。

肩の傷を、医師に診せないままにして。


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