この空を羽ばたく鳥のように。
源太が無事戻ったことを母上やみどり姉さまに伝えると、ふたりとも大喜びで仕事を抜けて大書院に駆けつけた。
その頃には目が覚めていた源太は、疲れた顔を恥ずかしそうに、けれど再びまみえた顔触れに喜びの笑顔を見せた。
「奥さま、みどりお嬢さま……。申し訳ございません……たいした働きもできず、こんな情けない姿で戻ってまいりました」
身体を起こして詫びようとする源太を押し留め、横にならせると母上は優しくおっしゃった。
「何を申すのです。無事な姿を見せてくれただけで充分ですよ。早く傷を癒して、また働けばよいのです」
「そうよ、源太。戻ってきてくれて本当に良かった……」
母上もみどり姉さまも、目を潤ませて喜ぶ。私も同じだった。
「隊長の山浦さまがおっしゃってたわ。源太は並々ならぬ働きをしたって。おかげで敵を駆逐できたって」
山浦さまの言葉を伝えると、源太は恐縮した。
「とんでもございません……!山浦隊長のお働きこそ素晴らしいものでした。それに、隊長がおられなかったら、私は皆さまに再びお目にかかることも叶いませんでした」
天神口や讃岐門の敵を駆逐した山浦隊長率いる決死隊は、追撃した湯川の河原で敵の返り討ちに遭い、たちまち二十人余りがやられた。
城下に溢れかえる敵軍に退路を断たれて全滅するよりはと、山浦さまは引き揚げを叫んで一同を率い、お城の西側にある御用屋敷に飛び込んだ。
「敵は雲霞(うんか)のごとく蔓延(はびこ)り、入城は容易ならざるものでした。何度もあきらめかけ、ある方がもはやこれまでと全員自害を口にいたしましたが、山浦隊長はそれを『無益なり、この場を免(まぬが)れ 再挙を謀るべし』と大喝し、死ぬことを踏み止まらせたのです。その後 我々はなんとか入城することができました。
私がこうして生き延びることができたのは、あの方のおかげなのです」
軍隊の中で一番重要なのは、指揮官の才覚だ。
上に立つ者の考え方や判断によって、部隊の行動や兵士達の生死は左右される。
決死隊という討死覚悟の出撃でも、山浦さまはけして部下に命を無駄にするような真似をさせなかった。
山浦さまが源太の上役であったことを、心から感謝した。
「さよりお嬢さま……」
源太は私に顔を向ける。
「約束は果たしました……私は戻ってまいりました。ですからきっと、喜代美さまもお戻りになられます」
そう言って笑う源太に、目頭が熱くなる。
――――信じて。信じて。
喜代美はきっと帰ってくる。
その気持ちを持ち続けるために、源太は帰ってきてくれた。
私のために。家族を心配する、皆のために。
「そうね……。ありがとう、源太……。約束を守ってくれて……」
私も笑い返した。涙が止まらなかった。
たとえ、幾重にも押し寄せる悲しみの波に、希望が薄れてしまっても。
完全に失わなければ、再び輝きをもたらしてくれる喜びもある。
『希望を失わなければ、必ず道は開けます』
夢の中で喜代美が言っていた言葉の意味が、はっきりとわかって、胸が熱くなった。
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