この空を羽ばたく鳥のように。




長い長い一日が、ようやく終わろうとしていた。



陽が落ちてだいぶ暗くはなったが、まだ城下のあちこちで残り火がくすぶっていて、黒い空を赤く照らしている。
お城のあちこちでも煌々と篝火が焚かれた。砲銃声はひとまず収まってはいるが、時おり小さく豆の爆(は)ぜるような銃声が耳に届く。



その音を聞くたびに、お八重さまの顔が浮かんだ。



弟君の形見の着物を着用し、断髪して小銃を担いだお八重さまは、少年と見まごうばかりだった。

用事のために中奥の御台所へ向かう途中で、そんな姿の彼女に出会い、驚いて声を失った。



「お八重さま……その御髪(おぐし)……!」


「ああこれ……時尾さんに切ってもらったの。自分ではうまく切れなくて」



“時尾さん”とは、私も通った裁縫所の高木さまのところのお嬢さまで、お八重さまとはひとつ年下でご懇意の間柄。
時尾さまは照姫さまのご祐筆としてお城勤めをされていたまま、この有事に突入した。


お八重さまはうなじあたりで切りそろえた髪を少し揺らして笑ってみせた。



「なんてこと……女子の髪を……」


「いいのよ。髪はまた伸びるわ」



髪は女の命なのに。いくら男勝りで名をはせたお八重さまでも、髪を切るなどためらわないはずがない。

お八重さまは女の身を捨てるつもりで戦いに臨んでおられるのだわ。
もとより命を捨てるつもりだから、女の身など必要ないと思われてるのかもしれない。



並々ならぬ決意を胸に宿すお八重さまは、これから夜襲に加わるのだとおっしゃった。



「私もお連れください」



話を聞いて、その言葉がすぐ口をついて出た。

けれどもお八重さまは厳しい顔で首を横に振った。



「あなたの得手(えて)は薙刀でしょう。薙刀では、どうしても敵に身をさらし肉薄しなければならない。そんな危ない真似はさせられないわ」



小銃なら、身を隠し遠くからでも敵を斃すことができる。女子のひ弱な膂力でも、男子と対等に渡り合える。

もう戦いかたが違うのだ。一対一で向き合い、互いに名乗りをあげ、戦うなりにも仁と礼を尽くす戦国以前のやり方など通用しない。

どんなに卑怯と思える手段でも、多くの相手を楽に殺してしまえるやり方ーーーそれが近代的な戦いかたなのか。


今更ながら、薙刀ではなく小銃の扱い方を学ぶべきだったと後悔するが、どうにもならない。

お八重さまの言葉に唇を噛み、その背を見送ることしかできなかった。





パンパンと、また豆の爆ぜる音がする。

味方の兵が、城下で陣を張る敵兵に夜襲をかけている。


その音を聞いていると居ても立ってもいられず、薙刀なれど手に携え馳せ参じたいという気持ちに駆られた。

けれど讃岐門でのこともあり、短慮な行動は母上にきつく叱責されている。





(これ以上、母上に心労をかける訳にはいかない……)





広縁に立ち空を見上げてお八重さまの無事を祈ると、大書院の中へ戻るしかない。


夜になってもザワザワと静まらない大書院の中を源太の様子を見に向かうと、源太の床の脇におさきちゃんが座っていた。



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