この空を羽ばたく鳥のように。
嗚咽をこらえるおさきちゃんを見つめながら、まなざしに力を込めて坂井さまがおっしゃった。
「泣くな、さき姉。俺が仇を取ってやる」
眉根を寄せて力強く言い切る彼に、おさきちゃんは涙を拭いながら少しだけ笑みをこぼす。
「ありがとう、源吾どの。ごめんなさい、甘えちゃって……源吾どのだって、源太郎さまを亡くされているのに、私ったら……」
「いいんだ。気持ちは分かる」
「え……源太郎さま……?」
ふたりのあいだで思わずつぶやいた私の言葉を、坂井さまは無視せず律儀に答えてくれる。
「兄です。兄は朱雀士中四番隊に配属されて越後へ出陣いたしましたが、五月二十四日に杉沢というところで討死いたしました」
無念の感情を抑えて淡々と話す坂井さまの顔を見つめて、胸の中で驚く。
朱雀士中四番隊ーーーー八郎さまと同じ隊に、坂井さまの兄君が……。
「うちの喜代美の実兄も、同じ朱雀士中四番隊におりました。ですが八月十一日、石間口で亡くなりました」
「さようでしたか……」
沈鬱な空気が私達のまわりを取り巻く。もうこの頃になると、身内を失っていない者などほとんどいない。皆、誰かしらを失い深い悲しみを抱えていた。
「兵士ばかりではないわ。源太さんから、この危急にお城へ入らずご自害なされた家中のご家族もおられたと聞いたわ……本当においたわしいこと」
源太は決死隊として城外へ討って出たあと撤退することになり、お城へ戻る途中 敵から身を隠すため燃え残った屋敷の中へ幾度か飛び込むことがあった。そこで目にしたのは、自宅に残された家族の惨澹たる姿だった。
源太は決死隊のひとりとして出陣していた荒川類右衛門さまの語っていた、家老•西郷頼母さまの一族が自宅で壮絶な自刃を遂げたことも耳にしていた。
会津藩の重臣•北原采女(うねめ)家 家臣であった荒川さまは、昨日から滝沢本陣に詰めていたが、敵の襲来に本陣を支えることが出来ず城下まで退却、城を目指して武家屋敷を縫うように駆け抜けていたところ、その場に遭遇したのだという。
この日城下のそこかしこで、このような惨劇があったに違いなかった。
「私も白無垢を血で真っ赤に染めて入城してきたご婦人をお見かけしたわ。きっとあの方のご家族も……」
おさきちゃんはそう言って言葉を濁す。
そのお方は、動けない家族を介錯してお城へ参られたのだろうか。
(大切な家族の命を、自らの手でーーーそんなこと、私には到底できない)
おさきちゃんの話を聞いて肌が粟立つ。想像しただけでも暗闇に落ちてゆくような恐ろしさにとらわれた。
「薩長のせいで、わが藩はこれだけの被害を被った。この上はたとえ藩兵ひとりになろうとも奴らに頭など下げるものか。会津は負けない、絶対に」
坂井さまは宙を睨み据えて、屈服しない強い決意を口にした。おさきちゃんも私も首肯する。
『会津は負けないーーーー』
「もちろんです。私達もともに戦いますから。ねっ、おさきちゃん」
「ええ……そうよ。会津は負けないわ」
涙を腕で乱暴に拭って、おさきちゃんも強気に笑ってみせる。その姿を見てホッとした。
(よかった。坂井さまのおかげで元気が出てきたみたい)
三人でうなずきあったあと、ふいに坂井さまが気を緩めたような弱い笑みを浮かべた。
「少しは元気が出たようだな……泣いてるなんてさき姉らしくない……。さき姉は怒ってるか笑ってるかのどちらかにしてくれ……」
「源吾どの?」
「そうじゃないと……俺は……」
声の調子が急に弱々しくなったかと思うと、坂井さまの身体がグラリと傾く。支えた私達はその身体の熱さに驚いて短い悲鳴をあげた。
今まで張り詰めていた気力が緩んだ彼は、熱に浮かされぐったりと意識がない。
「……先生っ、先生!」
首をめぐらして医師を探すけど、夜になったためか近くに見当たらない。坂井さまをおさきちゃんに託して立ち上がる。
「私、先生呼んでくる!」
「しっかりして!源吾どの……源吾どのっ‼︎」
おさきちゃんの悲痛な声に急き立てられるように医師を探す。
(彼を死なせてはならない……!これ以上、おさきちゃんを悲しませたくない!)
その一心で駆け出した。
※惨澹(さんたん)……いたましくて見るに忍びないさま。
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