この空を羽ばたく鳥のように。





私個人の意見を言わせてもらうならば、本当に土津さまの化身が現れるのなら、白鳥なんかならずに雷(いかづち)にでもなって、お城を囲む敵兵を打ち払ってくれればいいのに。



「ただ頭上を飛んでるだけじゃねぇ……」



何の役にも立たないわ、と空を見上げながらぼやく私にみどり姉さまは笑う。



「ふふっ、そうかもしれないわね。でもね、私はそうは思わないわ」



みどり姉さまは、白鳥に優しいまなざしを向けた。



「あの白鳥が撃ち落とされない限り、お城も落ちないような気がするの。きっとあの白鳥も私達とともに戦ってくれている。そう思えば、励みにもなるし勇気も湧いてくるわ」


「はあ……あの白鳥も、私達とともに……ですか」



まあ、そう考えれば親しみが湧くようだけど……。



「本当は何でもいいのよ。皆、何かにすがりつかずにはいられないの。心の拠りどころになるものが欲しいの。希望が欲しいのよ」



家を失い、当主を亡くし、まわりでもバタバタと人が死んでゆく、この地獄のような状況で。

自分もいつ命を落とすかしれない、その極限状態の中で。

人は誰しも藁をも掴む思いで何かにすがりつきたくなるだろう。でなければ発狂してしまうかもしれない。

家名を汚(けが)すようなみっともない姿をさらすことのないよう、理性を保ち続け、信義を貫くために心を支える何かを求めずにはいられない。



(だからこそ、その役目をあの白鳥が担っているとでもいうのだろうか)



目だけで問うと、みどり姉さまはまたふふっと笑った。



「さあ、急ぎましょうか」





爆音と地鳴りの中を、煙のたなびく三の丸までやっとの思いでたどり着くと、待ってましたとばかりに兵達が群がり、おむすびを頬張り始めた。

ここでは対小田山の砲撃が続いている。悔しいことだが数も性能も劣っているわが藩の火器の中で、小田山に対抗するための大砲は、籠城当日に北出丸でお八重さまが奮戦してくださった四斤砲一門のみ。今その指揮をとっているのは お八重さまのご主人である川崎尚之助さまだ。



川崎尚之助さまは但馬国出石藩(今の兵庫県豊岡市)の出身だが、江戸に出て蘭学と舎密術を修められた大変賢い方だと聞いている。

お八重さまの兄•山本覚馬さまが、その才に惚れ込んで藩に推薦されたところを許され、蘭学所で教えることを藩から嘱託されたという。










※舎密術(せいみじゅつ)……化学のこと。江戸時代後期の蘭学者•宇田川榕菴が、オランダ語で化学を意味する単語「Chemie」を音写して当てた言葉。

※嘱託(しょくたく)……頼んで任せること。特に正式に任用しないまま、ある業務をするように頼むこと。その頼まれた人。


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