この空を羽ばたく鳥のように。




本当は四斤砲の射程は小田山まで届かないという。けれど川崎さまは、火薬の分量を調節して届かせているのだ。



「撃てぇ―――‼︎ 」



川崎さまが砲兵に命令を下すと、大砲音をたてて弾が撃ち出される。
硝煙に視界を遮られるも、その弾道を追うように目を細めて見上げると、小田山の中腹から爆煙があがり、味方の兵が歓声をあげた。



「すごい……!」



(他藩出身と云えど、川崎さまは会津に……この戦いに欠かせないお人だわ)



頼もしさを感じながら見ていると、喜ぶ兵とは違い、川崎さまは険しい顔のまま すぐさま次の命令を出した。



「さあ、すぐに移動だ!今の発砲で我々の居場所は敵に知れた!グズグズしてると弾が飛んでくるぞ!」



小田山の敵に対抗できる唯一の大砲。それを粉砕されたら、わずかな抵抗もできない。

川崎さまが指示を出すと、たちまち砲兵達の顔が引き締まり、大砲を急いで別の場所に移動させはじめる。砲兵の中には少年も混じっているようで、その者は積極的に熱くなった砲身に濡らした筵を掛けて冷やしていた。


戦いの邪魔にならないよう兵糧を置いて戻ろうとする私達に、なぜかひとりの若い藩士が駆け寄ってくる。



「お待ちください。川崎さまが貴女(あなた)方にお話があるそうです」


「え……私達にですか?」



みどり姉さまとふたりして何の用かと訝りながら待っていると、豊岡社のほうへ移るよう砲兵に指示を出してから、川崎さまがこちらへ足早に歩いてきた。

私達を安心させるためか笑みを浮かべてはいるが、余裕のない表情だ。



「忙しいところを呼び立てて申し訳ない。実は頼み事があるのです」


「頼み事……ですか?」


「はい。こちらにいる私の妻を、一緒に連れて行ってもらいたい」



私達は驚いた。



「え……!お八重さまがここにおられるのですか?」


「はい。危険だから本丸へ行くよう申しても、砲の扱いに慣れてる自分は役立つはずだと言い張って戻ろうとしません。
困り果てていたところ、貴女方が来られた。これはぜひ一緒に連れて行ってもらおうと声をかけた次第です」


「はい……私達はいっこうに構いませんが……」



すると川崎さまは心底安心したようにはにかんだ。



「よかった。では今呼んで参りますので、私の妻をどうかよろしくお願いします」



そう言っているところへ、先ほどの若い藩士が誰かを連れて戻ってきた。


それを見て、またも驚く。


若い藩士が連れてきたのは、先ほど遠目で少年だと思っていた者―――それがお八重さまだったなんて。



< 387 / 566 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop