この空を羽ばたく鳥のように。




本丸に戻る道すがら、お八重さまは一言も口をきかなかった。

ずっと一点を睨んで、川崎さまが仰せられたお言葉を考え込んでいるようだった。

そして本丸に戻ると私達から離れ、川崎さまのお言葉通りそのまま照姫さまのもとへ向かわれた。





(戦線から離脱させられたことを、落胆なさってないとよいのだけど……)





なんて心配したけれど、お八重さまはそんなお方ではなかった。



お八重さまが照姫さまのもとへ向かわれたのは ある事を進言するためだった。
ほどなく城中にいる非戦闘員に、新しい仕事が追加された。

それは簪(かんざし)や笄(こうがい)の提供と、城内に落ちた不発弾や銃弾をかき集めること。

集めたそれらから鉛(なまり)を取り出し、鋳直(いなお)して新しい弾をつくるのだ。


弾は溶かした鉛を鋳型に流し込んで成型する。鉛は融点が低いので、弾鋳型と鋳鍋さえあれば手作業で弾丸をつくることができた。


何の準備もなされないまま突入した籠城戦では武器弾薬が乏しい。
この作業をする事で弾薬だけでも補充が可能になるというお八重さまの進言を、照姫さまはすぐに受け入れ御老公(容保)さまに伝えた。



城中にいた婦女子達は これを聞いて競うように簪や笄などの金属装飾品を差し出した。
鉛弾を拾い集めるのは おもに子供達にやらせ、弾に鋳直す仕事は、奉行である樋口源治さまの監督下で老人達の役目となった。



「落ちてる弾を拾って持っていくと、おむすびひとつもらえるらしいぞ」



お腹を空かせた子供達は、そう言っておむすび欲しさに競って弾拾いに勤しんだ。

そして婦女子達は炊事と看護の他に、弾と火薬をひとつにする仕事を担った。



「早合をつくるのなんて簡単なのよ。ハトロン(薬莢紙)にね、弾と火薬を入れて両端をチョッとひねるの。ほらね、簡単でしょ」



お八重さまがやって見せるのを真似て、他の女達も取り掛かる。

ハトロン紙の代わりに、二の丸の文庫蔵から持ち出した書籍や帳簿の中から選んだ唐紙や厚紙を鋏(はさみ)で小さく切り、それを細い竹に巻きつけて筒状の形に整える。
筒の片方をねじり袋状にすると、そこに弾、あらかじめ分量しておいた火薬を順に入れて、口をふさぐためにまたねじる。それで完成だ。



お八重さまに教えてもらいながら、私もつくってみる。出来上がったものをまじまじと見つめながら訊ねた。



「これでよろしいのですか?」

「いいわよ。よく出来てる」

「あらほんと、簡単だわ」



となりで同じようにつくっているみどり姉さまも楽しそうに手を動かす。

教えるお八重さまのお顔も、どことなくはつらつとして見えて、何だかホッとした。











※融点(ゆうてん)……加熱により個体の物質が液体になる時の温度。個体が溶ける時の温度。
(鉛の融点は327.5℃)

※早合(はやごう)……火縄銃、ゲベール銃などの前装式銃(銃口から弾を込める方式の銃)の装填を簡便にするために用いられた「弾薬包」のこと。弾と火薬をソーセージ状に紙で包んだもの。
戦国時代後期もしくは安土桃山時代から使用されていたと云われる。

早合を装填する場合は、まず紙早合の一端(火薬側)を引きちぎり、立てた銃の銃口へ火薬とそれに続く弾を一気に注ぎ込み、搠杖(さくじょう、又はかるか)を使って薬室に衝き込むという方法がとられた。携行は「胴乱(どうらん)」と呼ばれる革製のポーチ状の物に入れた。


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