この空を羽ばたく鳥のように。





「ーーーこちらが空いてますわ!ゆっくり運んでください!」



聞き覚えのあるきびきびとした声とともに、部屋へ駆け込む一団があった。


ゆうべ「これが最後」とばかりに酒盛りをしていた藩士達の心情に思いを巡らせていた私は、そのよく(とお)る大きな声にハッとして振り向いた。


戸板に乗せられ運ばれてきた負傷者に付き添いながら、部屋に入ってきた女人に目を止めて思わず声をあげる。



「え……おますちゃん⁉︎」



私の声に反応しておますちゃんが振り向く。
ずっと心配していたおますちゃんとの思いがけない再会に、喜びが込みあげ駆け寄った。



「おますちゃん!無事だったのね!」



けれどおますちゃんは私を見るなり厳しい顔を向けた。



「ちょうど良かった!おさよちゃんも手を貸して!」



再会の喜びに浸るどころではない。おますちゃんは今まで見たこともない形相で私の手を強く引くと、敷かれた布団の上に横たわらせた負傷者の手当てを促した。

私は驚きながらも手当てを始めた。日頃 快活だった彼女のこんな差し迫る姿は初めて見た。



「お気をしっかりお持ちくださいませ、丹下(たんげ)さま!貴方さまに何かありましたら、おみっちゃんが悲しみますよ!」



おますちゃんは思い詰めた顔で、意識の朦朧とする負傷者を必死で励ます。

血と汗と煤で汚れた顔を手拭いで拭いながら、親しみを感じさせる物言いに、ふたりは知り合いなのだと察した。
なら なおさら助けたいと強く願うけど、身体の三ヶ所に深手を負っていて重傷なのは明らか。


丹下さまと呼ばれたこの御仁は、具足などを着けておらず軍服も着ていなかった。筒袖の着物に陣羽織を着用しているだけ。
大事そうにしっかりと握られた手には白毛の采配。けれどそれは真紅の血に染まっていた。

その姿を見れば、ただの兵士ではないと判る。
大部隊を指揮する隊長であったに違いない。
まわりにも彼の部下だろうか、容態を心配してそばを離れない男達が不安げに顔を覗き込んでいた。



「失礼いたします。脇腹の傷を診るのに、衣服を脱がせてもよろしいですか」



承諾を得ると、腰につけた胴乱をはずして陣羽織の結びをほどき、着物の胸元を広げる。懐に納めていた紙入れがカチャリと音をたてて落ちた。

見ると中には割れた手鏡と名札が数枚入っていた。それを見て、このお方が軍事奉行を勤める鈴木丹下重光さまということを知った。

そのお顔を窺うと三十歳前後のように見える。すっきりとした顔立ちで役者のようだった。



程なく部下のひとりが医師をつれてきて治療に当たらせた。


気付け薬を飲んだおかげか、鈴木丹下さまの意識がいくらかはっきりしてくる。
うっすらと目を開け、まわりの様子を窺う姿におますちゃんの表情が少し和らいだ。



「ここは……」

「お城の中ですよ。よかった、もう安心ですね」



枕元に座したおますちゃんが応えると、視線を彼女に向けた丹下さまがかすかに微笑んだ。



「ああ……おますさんか。久し…ぶりだなあ」

「そうです、ますです。だいぶご無沙汰いたしました」



おますちゃんの目が急に潤む。安心に満ちた顔になった。



「私の面倒を見てくれたのか……かたじけない」

「何を仰せですか!水くさいですよ!」



お礼を言われて照れくさそうな笑顔を見せると おますちゃんは明るく言った。



「お医者さまが参りましたから、すぐに良くなります。このますもついておりますから、ご安心なされませ」


「相変わらず、おますさんは豪気な人だなあ……だがこの傷では、私はもう助からぬ」


「気弱なことを!丹下さまらしくありませんよ!そんなこと、このますが許しません!」



気丈に言うおますちゃんに、丹下さまは苦笑した。



「いいや……(おのれ)のことだ、よく分かっているさ……私には時間がない」

「………!」



思わず声を詰まらせるおますちゃんの膝下で、丹下さまは深く呼吸すると真顔になっておっしゃった。



「おますさん……時が惜しい。和田柳蔵さまを呼んではもらえまいか。城内のどこかにいるはずだ。あの方に今後の事を頼みたい」



丹下さまの決意を感じ取ったのか、おますちゃんも表情を固くして頷くと、そばにいた部下らしい男に目配せした。
男は丹下さまに向けて一礼すると、すぐさま立ち上がり姿を消した。



傷の手当てをした私にも分かっていた。
きっとおますちゃんだって感じている。



会津の誇るべき(おとこ)が、またひとり失われつつあることを。

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