この空を羽ばたく鳥のように。




バタバタと音がして、また負傷者が運ばれてきた。

きりがない、と思いながら立ち上がると、次々と戸板に乗せられ運ばれてくる負傷者の中に、無事を案じていた山浦鉄四郎さまのお顔を見つけて驚愕して駆け寄った。



「……山浦さま!」



山浦さまもまた血まみれだった。左の大腿部に深手を負っていて、他にもかすったような刀傷があちこち見受けられる。

籠城の日に戦いから戻ってきた源太と同じ。
それは白兵戦での激闘を物語っていた。

苦痛をこらえているその顔は蒼白。
ゆうべはあんなに愉快そうに笑っていたのに。

こうなることは、心のどこかで分かっていた。
それでもいざ目の当たりにすると、思っていた以上に衝撃を受けた。



(ゆうべ私があんなことを言わなければ……あるいは山浦さまがこんな傷を負うことはなかったかもしれないのに)



そう思うと、申し訳ない気持ちで後悔が押し寄せた。
自分を責めずにはいられなかった。



(私のせいだ。私の……!)



「山浦さま……しっかり、しっかりなさってください!」



早く手当てをしなければ。とりあえず空いている場所を探す。部屋のすみに少し空きがあった。そこへ山浦さまを乗せた戸板を運ぶ人夫を導いて、山浦さまを無理やり寝かせた。



「すぐに傷口を洗います!衣服を脱がせますがご容赦くださいね!」



断りをいれて手をのばした矢先、山浦さまの血にまみれた手がそれを拒んだ。



「……山浦さま?」


「私に構うな……それより、さよりさんに頼みがある。兄の鉄右衛門と甥の鉄太郎も、負傷して先に担ぎ込まれたと聞いた。そちらを看てやってくれ……頼む、鉄太郎は弟のようなもんなんだ。死なせたくない……」


「そんな……ですが、貴方さまだって……」


「私のことはあとでいい……」



つらそうに、固く目を閉じて。
ご自分だって、浅い傷ではないのに。
死んでしまうかもしれないのに。



戸惑いためらう気持ちが先に立ち、山浦さまのそばを離れられずにいると、話を聞いていたのか、優子さんが近づいてきて私のとなりに座った。



「この方の手当ては わたくしがいたしましょう。ですからさよりさんは、この方の仰せの通りに」


「優子さん……」



不安で山浦さまを見つめる。山浦さまは視線をしっかり受け止めて頷いた。



「……これが最後ではありませんよね?」



念を押すように言うと、力なく笑う。
「もちろんだ」と、おっしゃってくれているのですよね……?



「わかりました。探して看病いたします。
あとで源太を寄こしますから、きっと(こら)えてくださいましね。
優子さん、山浦さまをよろしくお願いします」



山浦さまを優子さんに託すと、立ち上がる。

どこをどう探せばいいのかもわからず、部屋を後にした。








混雑する広い御殿の中を、山浦鉄右衛門さま、鉄太郎さまの名を訊ねながら探して歩く。

負傷者を運んでいた人夫を見つけては訊ねていると、偶然にも彼らを運んだ覚えがあるという人夫に出会うことができた。



大書院に運んだという人夫に案内してもらい、その場所までついて行くと、壮年の藩士が寝かされていた。
なるほど血に染まった袖章に「山浦鉄右衛門」と書かれてある。



(このお方が、山浦さまの兄上さま……?)



すでに処置はされているようで、脇腹や肩には白木綿が巻かれている。戦いでやつれた顔は、血の気を失っているようだ。



「あの、もし……」



声をかけてみる。固く閉じられた目は開く様子もない。眠っているのだろうか。



「そのお方はもういけないでしょうな。運んでいる時すでに生気がなかった」


「え……そんな!もし、山浦さま?山浦鉄右衛門さま⁉︎ 」



私の後ろからのぞき込んで言う人夫の言葉に驚き、あわてて声をかけ肩を叩いて起こそうとする。けれど鉄右衛門さまは反応を示さない。



「その御仁は、先ほど息を引き取られた。ご医師が確認済みじゃ……」



となりで寝ていた負傷者の言葉に愕然とした。



(そんな……もう亡くなわれてしまったなんて)




「もうひとりの山浦鉄太郎っていうお侍さまもあっちに寝かせましたが、そちらもどうだか」



人夫の指し示すほうへ顔を向ける。どこもかしこも血だらけの包帯を巻いて横たわる男達が呻いている。その中に若い藩士が寝かされているのに目を留める。



「案内してくれてありがとう。ついでにもうひとつ、頼まれてほしいのだけど」



人夫に、長局にいる源太に負傷した山浦さまのもとへ向かうよう言付けを頼むと「少ないけれど」と手間賃を握らせる。
喜んだ人夫を送り出すと鉄太郎さまに近づいた。袖章を見て本人と確認する。


まだ若い。私と似たような年に思えた。
山浦さまは弟のようなものだとおっしゃった。なるほど山浦さまにとっては兄の鉄右衛門さまより年が近く、兄弟のように育ったのかもしれない。


鉄太郎さまはまだ息があった。彼もまた簡単な手当てを施されていた。



(どうか助かって……!)



おふたりの生還を祈りながら、鉄太郎さまの血で汚れたお顔を濡れた手拭いで清めた。


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