この空を羽ばたく鳥のように。
ふらふらと重い足取りで山浦鉄四郎さまのもとへ戻ってきたのは夕七ツ(午後4時)頃だった。
部屋に入ると、丹下さまが寝かされた場所に先ほどよりも人が集まっている。
皆……すすり泣いている。おますちゃんも顔を覆って泣き崩れているのが見えた。
(ああ、丹下さまがお亡くなりになられたのだわ……)
そう思ったけど、たぶん彼は長くないだろうと思っていたせいか、胸には一抹の悲しみが去来しただけだった。
ーーー今日の戦闘で、またたくさんの人が亡くなった。
こうも立て続けに人が亡くなるのを目の当たりにすると、感覚も麻痺してしまうものなのか。
人の死に対して、感情がだんだん希薄になってゆく。
悲しみに暮れるおますちゃんのところへは行けなかった。
山浦さまのもとへ向かう。
ある事を伝えるために。
今は、死の悲しみよりそちらのほうが気が沈むことだった。
目を閉じて仰向けに寝かされている山浦鉄四郎さまの脇には、看病をしていた優子さんと源太が座していた。
優子さんが私に気づいて顔をあげる。
「さよりさん……」
「優子さんありがとう。山浦さまのご容態はどう?」
「だいぶ気が昂ぶっておいででしたが、ようやく落ち着いて、たった今お休みになられたところです。傷口は医師に診てもらい、縫っていただきました」
「そう……」
小さくため息をついて優子さんのとなりに座ると、優子さんが不安げに声をかけた。
「さよりさん、もしや……」
それに沈鬱な表情で頷いて返す。
「ええ。私が探し当てた時には、鉄右衛門さまはすでにお亡くなりに……ご子息の鉄太郎さまもしばらくは永らえたけど、やはり後を追うように」
「そうですか……さぞやお辛かったでしょう」
「私より、山浦さまのお気持ちを考えたら、あまりにもご不憫で。なんとお伝えしたらよいか……」
「そうですわね……」
慰めるように優子さんが肩をさすってくれる横で、ふと源太の緊張した声が響いた。
「て、鉄四郎どの……」
ギクッとして、私と優子さんも身を固くする。視線を山浦さまに向けると、眠っていると思われた彼の目がいつのまにか開いていた。
山浦さまは私達に目を向けず天井を睨んだまま口を開いた。
「そうか……ふたりは逝ってしまったか」
静かな声が私の胸にひどく突き刺さり、張り詰めていたものが切れたように涙が溢れだす。
「も、申し訳ございません……!私の力が足りないばかりに……!」
責任を感じて、手をつかえて詫びる。
こんな伝え方ってない。
もっと心と身体の容態が落ち着いてからお伝えしたかったのに。
山浦さまに渡さなければならない。懐に納めていた懐紙を取り出して開いてみせた。
落とした髻がふたつ、悲しい姿を現わした。
「せめておふたりのご遺髪をと、お預かりしてまいりました……」
山浦さまはこちらに顔を向けると、腕を伸ばして懐紙もろとも遺髪を掴む。
手にしたふたつの髻を眺めながら、山浦さまは静かにおっしゃった。
「さよりさんが詫びることではない……探すのは容易くなかったろう……無理を言ってすまなかった」
まったく力のない笑みを浮かべたあと、山浦さまは急に身をよじって身体を起こそうとした。
痛みに呻きながら うつ伏せの状態になると、なんとか立ちあがろうとする。
驚いた私と優子さんが短く悲鳴をあげた。
「山浦さま!何をなさるおつもりです⁉︎ 」
「動いてはなりませぬ!安静にしていないと、傷口が開いてしまいます!」
私達の制止も聞かず、山浦さまは立ちあがることをやめない。先ほどとは違い、瞳に剣呑な光を宿して源太に声をかける。
「源太、手を貸してくれ」
源太は戸惑い手が出せない。誰がどう見ても、山浦さまは起き上がれるような状態ではなかった。源太はためらいながら懇願した。
「鉄四郎どの、お願いでございます。今ご無理をなされては、貴方さまのお身体が……」
「いいから手を貸せ!」
鬼気迫る形相で怒鳴られ、三人そろって萎縮する。
ままならない我が身に苛立ち、山浦さまは叫んだ。
「どうせ、この身が良くなることはない!
だがここで転がって、ただ死を待つことなどできぬ!
動けるうちに城外へ出て、敵の素っ首ひとつでも手土産にしなければ、冥土で兄や鉄太郎に顔向けができんのだ!」
※髻……髪の毛を頭上に集めて束ねたところ。またその部分。たぶさとも言う。
※剣呑……あぶないさま。
※素っ首……他人の首をののしっていう言葉。
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