この空を羽ばたく鳥のように。




優子さんは強くなった。


戦場での敵と刃を交えた体験、そして姉の竹子さまを失った悲しみを乗り越えて、彼女はより成長した。




(それに比べたら、私はどうだろう。何も成長していない気がする……)





自分を省みて落胆のため息を落とすと、足を引きずりながら前を歩いていた源太が振り向く。



「どうかなされましたか?」

「あ、ううん。べつに……」





優子さんのおかげで山浦さまは落ち着きを取り戻し、ようやく眠りについた。
優子さんは他の負傷者を看てまわり、私は長局に戻ることにした源太を見送りに廊下までついてきていた。



「なんかね、優子さん、しっかりしてきたなあ……って。私より年下なのに……」



ポツリとこぼすと、源太はなるほどと頷いて応える。



「そうですね。きっと竹子さまのご意志をお継ぎになられたのでしょう。間近で見続けてこられた姉君ですから」


「竹子さまのご意志……そうね」



中途半端な接し方しかしなかった私には、それがどんなものだったか、計り知れない。

竹子さまには温情を与えてもらうばかりで、何ひとつ恩を返すことができなかった。

後悔ばかりが胸を塞ぐ。



「山浦さまが思いとどまってくれてよかった」



親しく思う人をこれ以上失いたくないもの。


ほう……と またため息を漏らし、寂しい気持ちをはぐらかすように言うと、源太は含み笑いを漏らす。



「なんだかんだ申しましても、男というのは女子に弱いものですからね」


「へえ……?」



そうなのだろうか。うちの父上や喜代美ならまだしも、家中の藩士が女子の言うことに従う姿など見たことがない。
それに聞いた話では、藩祖 保科正之公が家中に定めた家訓には、婦人女子の言 一切聞くべからずとあるはずだけど。

私がそう言うと、源太はさらに笑った。



「好ましい女人に涙ながらに懇願されたら、いかなる固い意志を持つ侍でも揺らいでしまうのが男の心情なのですよ」


「じゃあ、源太も女子の言葉に弱いの?」

「もちろんですとも」



その問いに、源太は苦笑で返す。



「何せ私の奉公先には、無茶な頼み事ばかりして困らせるお嬢さまがおられたのですから」


「……まあ!それって私のこと⁉︎ 」


「責任を感じているのですよ。私が薙刀の相手などを引き受けていたために、お嬢さまはこのようにおてんばになられてしまわれたのかと」


「まあ!源太ったら!」



声を漏らして笑う源太に、からかわれたのだと知って呆れた声が漏れる。



「大事ありません。鉄四郎どのは賢いお方だ。何が一番大事なのかをよくご存知であられる。

籠城の日、自害を無益だと一喝されたお方なのですから。もう命を粗末にするような真似はなさらないでしょう」


「うん……きっとそうね」



源太は山浦さまを信頼してる。源太がそう言うのなら間違いないのだろう。



「心配ございませんよ」



ふと落とされた源太の言葉に顔をあげる。



「さよりお嬢さまもきちんとされてます。よく尽くされておられますよ。ご立派です」


「……ありがとう、源太」



源太はちゃんと分かってて、私が言ってほしい言葉をくれる。


誰かに認められる嬉しさ。そこからまた元気が生まれる。



「……よーし、もうひと頑張りするか!」



源太を見送ってから、ひとつ気合いを入れて腕まくりすると、大書院へ向かった。


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