この空を羽ばたく鳥のように。
かろうじて残る門柱の脇を抜け、中に足を踏み入れる。
屋敷はほぼ焼け落ちていたが、桐箪笥などの家具が若干焼け残っていた。
瓦礫をどけて引き出しを引っ張る。桐箪笥は外側こそ真っ黒に焼けていたが、中身は無事だった。中には小袖や綿入れ、それと隠してあった二朱銀が何枚か出てきた。
それを見つけて笑顔になる。
「よかった……!これでお祖母さまに滋養のあるものを買えるわ!」
「そうですね。城へ戻りましたら、私がさっそく求めて参りましょう」
源太も顔をほころばせて言った。
次に裏庭の畑だったところへ行ってみる。
源太がもろもろ埋めたところを鍬を使って掘り起こしはじめた。
「あ……それもそうじゃない?」
私も鍬で掘り起こされ柔らかくなった土を手で掘りながら、土中からのぞく白肌を見つけて指し示す。
源太も振るっていた鍬を止め、膝をついて手で掘り起こすと、下半分だけ無事な大根が出てきた。上のほうは火事で焼かれて黒く炭のようになっている。
それでも大切な食料だ。他に大根がもう四•五本と里芋が出てきた。ありがたいと思いながら、それを全部背負い籠に入れる。
さらに屋敷を出る前に埋めておいた場所をまわる。建物内やその近くに埋めていたものは瓦礫が覆い被さり掘ることができなかった。
それでも南瓜や鰹節、梅干しや味噌を入れた甕などを掘り起こすことができた。
炊事で使う鍋や薬缶、七輪なども見つけた。重いのでこれらは後から源太に運んでもらうことにして、他にめぼしいものはないかと、ひとり屋敷跡をぐるりとまわってみる。
中庭だったところへ足を踏み入れた。
ひょろひょろだった桜の木は真っ黒に焼けて炭になっても立っていた。
けれど、その木を挟むように佇んでいた喜代美の部屋も私の部屋も、崩れ落ちた屋根に潰され、剥き出しの柱だけが残っていた。
ーーーすべて焼けてしまった。
喜代美がいつも座って、空を見ていた縁側も。
何かあるたび、薙刀を振るっていた中庭も。
ふたりで朝を迎えた私の部屋も。
まぶたを閉じれば、その時のことがはっきりと思い浮かぶ。
一晩中 私を抱きしめていてくれた喜代美のぬくもり。
頰に触れる手。
語りあった時の笑顔。
けれども戻りたい場所はなくなってしまった。
何度も打ちよせる喪失感を再び抱きながら、それでも喜代美のものが何か残ってないかと瓦礫に手をかける。
そんな私の視界の端に、黒いものがサッと通り過ぎるのが映った。
ドキッとして振り返る。
「……なに?」
目を凝らす。黒いものは瓦礫の隙間に入りこんだ。
おっかなびっくり膝をついて頭を下げ、隙間をのぞいてみると、ふたつの目がキラリと反射した。
「もしかして……お前」
あわてて瓦礫を少しずつ退かす。するとそれは そこから逃げるように別の隙間からスルリと這い出して姿を見せた。
こげ茶色の身体に、黒の縞模様の猫。
「やっぱり、虎鉄……!」
喜びが込み上げる。
無事だった。こんな火の海になっていた城下の中で、よく生きていてくれた。
虎鉄の身体はガリガリに痩せていた。
食べ物を与えてくれる人もいないのに、それでも虎鉄は喜代美の部屋があったところに居ついて主人が戻るのを待っていた。
涙がにじむ。ああ、虎鉄。
お前もここで喜代美を待っていたのね。
「よく今まで頑張ったわね、虎鉄。さあ、こちらへおいで」
静かに近づいて手を差し伸べると、虎鉄は毛を逆立ててシャーッと威嚇した。
「まあ!お前ってば、相変わらず喜代美にしか懐かないのね!」
あきれても嬉しさは変わらない。
そうだ、さっき掘り起こした鰹節を少し与えてやろう。
背負い籠に荷物を入るだけいれて、残りを埋めなおす源太のもとに戻って事情を話すと、彼も驚いて虎鉄を見にきた。
するとなぜか虎鉄は源太には甘えた声で鳴いて擦り寄ってきた。
「えっ、どうして⁉︎」と不服の声をあげると、源太は苦笑する。
「私もたびたび餌を与えておりましたから。それを覚えていたのでしょう」
源太に撫でられてゴロゴロとのどを鳴らす虎鉄を鼻白い目で眺めながら、もしかしてこいつはメスなのかも、と思う。
鰹節のカケラを与えてやると、虎鉄は久びさのごちそうにかぶりついた。
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