この空を羽ばたく鳥のように。
虎鉄はそのままにしておくことにした。
お城へ連れていっても、面倒をみるどころではないし、他の人の迷惑になってもいけない。
それに城内に落ちる砲弾の数は城下の比ではない。ここにいるほうがまだ安全だと思った。
「虎鉄がここに留まり続けるなら、私がおりをみて知り合いの農家にでも預けてまいりましょう」
源太がそう申し出てくれたので、頼むことにした。そうしてもらえたら一番ありがたい。
運び出す荷物をまとめると、源太は背負い籠、私は風呂敷包みをそれぞれ背にした。
そして門を出ようとしたところで、ふいに前を歩いていた源太の足が止まった。
二•三歩 後退りしてくる。
背負い籠に押されるように後退させられた私は訳が分からない。
「ちょっと!源太⁉︎ 」と 声をあげそうになった、そのとき。
「誰じゃあ、そこにいるんは」
突然 野太い声で誰何され、源太の後ろで身を固くする。
(誰……敵⁉︎)
源太からも緊張が伝わってくる。
彼は振り向かずに小声で言った。
「ここから出ないでください」
源太はすでに門から身をさらしていたが、私の身体はちょうど焼け残った門柱と塀の陰になっていた。
源太が相手の気配に気づいて、瞬時に足を止めたから、私の存在はまだ相手に気づかれていないはずだった。
源太はゆっくりと往来に出る。うつむきがちに顔を隠し、腰を低くして。
心なしか、震えているようだった。
「おい、おめえ。そこで何してた」
またも野太い声で問われ、源太はうつむいたまま怯えたような声を出す。
「わ、わしはこのお屋敷の主人に仕える下僕でごぜぇます。焼け跡から家財を持ち出すよう申し付けられました。どうか見逃してくだせぇ」
「なに……家財じゃと」
壁の割れ目から、そっと往来を覗いてみる。
具足を身につけた男が三人。三人とも上等そうな小袖を着ているが、その着こなしは大きく崩れ、髷もボサボサで髭も伸び放題だ。
ひとりは腰に大刀を二本も差し、他のひとりは小銃を手にしている。
とても正規の兵士には見えない。
野盗か、もしくは戦場から逃げ出した農兵か。
どっちにしろその振る舞いからろくでもない者に違いなかった。
「そこさすべて置いてけ。したら見逃してやる」
真ん中に立つ、顎に大きなホクロのある男が言う。
「そんな……ご無体な。そだことしたら、主人にどのようにお伝えすりゃええのか」
「知らんな。命が惜しければ従え」
小銃を持っていた馬づらの男が銃口を源太に突きつける。男達は源太が怯えているのを見て下卑た笑みを浮かべている。
「全部じゃ。もちろん後ろに隠してる女もな」
「!」
(気づかれてた……!)
戦慄が走る。捕らわれたら、奴らの慰み者だ。
「わがりました……荷は置いていきましょう」
源太はあきらめたように言い、ゆっくりと背にしていた籠を降ろした。
(源太、ダメ!それを渡してしまったら……!)
「ですが妹だけは許してくだせぇ。後生ですから、どうかーーー」
源太はその場で深く頭を下げた。
私を守るために。こんな奴らに……!
「ほお、おめえの妹か」
「それはできんな」
「安心しろ。わしらで可愛がってやる」
男達のいやらしい笑い声が辺りに響く。
唇を噛んだ。拳を握りしめる。
くやしくてならない。こんな野盗風情なんかに大切な荷を奪われるなんてーーー!
※誰何……相手が何者かわからない時に、呼び止めて問いただすこと。
※往来……道路。通り。
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