この空を羽ばたく鳥のように。



 源太がすっと背筋を伸ばして顔をあげた。



 「そうか……。ならば、しかたあるまい」



 突然 口調を変えると源太は頭の手拭いを取り、地面に置いた背負い籠から菰にくるんだ大刀を抜いた。


 大刀が姿を現すと、とたんに男達の表情が驚愕に変わる。
 まさかこちらが武器を持っていて、歯向かってこようとは思ってもみなかったという顔だ。



 「おめえ……侍か⁉︎ 」

 「そうだ。お前達(にしゃら)はどうか知らんが、(いくさ)にも出た。人も殺した」



 源太は苦い顔で言う。



 ――――『人も殺した』。



 その言葉が 心にズシリとのしかかる。

 籠城当日、讃岐門での攻防で薙刀を手に戦闘に加わったとき。
 あの時の私は、あまりにも無我夢中で敵が死んだかどうかもよくわからなかった。
 だから、誰かの命を奪ったかもしれないという意識は薄かった。

 けれど源太は大切なものを守るため、相手を殺さなければならなかった。
 小銃で離れた敵を(たお)すのとは違い、(じか)に槍で人を刺し貫いた源太にとって、その実感は大きかっただろう。

 たった一度の戦闘で、源太は傷を負っただけでなく『人を殺した』という罪悪感も背負ってしまった。

 そして今また彼は、再び人を殺める覚悟を心の中で定めているのかもしれない。



 (しかたがない、やらなきゃ自分がやられるんだもの)



 それが戦争なんだもの。

 けれど人の命を奪った罪悪感を持つかどうかはその人次第。優しい源太にそんなつらい思いをさせた戦争が、嫌でたまらなかった。

 命の重さを知る喜代美も、きっと同じように誰かの命を奪った自分を責めているだろうから。



 相手がざわつく。逃げ腰になっているのが見てとれる。源太が淡々と言った。



 「手向かうつもりなら容赦はしない。その銃も撃てるものなら撃ってみるがいい」

 「な、なんじゃと⁉︎ 」



 物怖じせず凛と発する源太の声に、男達は怒りの色を見せる。



 (源太……ダメよ!相手を挑発するなんて!)



 言いたいけど声にならない。

 源太の足はまだ完全ではなく、相手は三人もいるというのに。

 居ても立ってもいられない心地で背にしていた風呂敷を下ろし、持っていた懐剣を手にする。
 けれど懐剣ひとつで、どこまで渡りあえるか。



 (ああ、やっぱり薙刀を持ってくればよかった。
 懐剣だけじゃあ、何にもならない。
 薙刀があれば、源太の力になれるのに!)



 焦る私とは反対に、源太は落ち着いていた。
 小銃を構える馬づら男をまっすぐ見つめる。



 「お前(にしゃ)はその銃、どこから拾ってきた。扱い方を間違えると暴発するぞ。撃ち方がわかっているのか」

 「あ、あったりめぇじゃ!」



 威勢よく言うが、銃身が震えているのを源太は見逃さなかった。
 冷静に小銃の形態を見極め、単発銃であることと、男が西洋銃に慣れていないことを瞬時に判断した。



 「よく狙いを定めろ。(はず)せば、お前の命はない」

 「……!」



 馬づら男は撃ってこない。源太は元もとは温厚な顔立ちだったが、(いくさ)と満足に食事が取れない苦境の中で頰の肉が削げ、顔つきが鋭く変わっていた。その様相で無言の気魄を放ち、一発で仕留める腕がなければ斬られるという恐怖を相手に与えている。

 それが馬づら男を躊躇させている。
 見かねたホクロ男が舌打ちして抜刀した。



 「ほお、抜いたな」



 源太が口角をあげる。



 「刀を抜いたとあらば、覚悟はできているだろうな」



 刀を構えたホクロ男が唇を舐め、あざけるように笑う。



 「わしらじゃて何人か殺してきたからの。おめえこそ、三人相手にひとりで勝てるのか」



 それには答えず、源太は男の刀をじっと見た。



 「お前の刀はなかなかの業物(わざもの)だな。その似つかわしくない刀も着物も、殺した者から奪ったものか」

 「だからなんじゃ。このご時世じゃ、情けなど何の意味もなさん」

 「そうか」



 源太が大刀を両手に掲げ、ゆっくりと鯉口を切る。鞘から抜くと、刀身が光を受けてギラリと反射した。



 「だが せっかくの刀も、そのような扱いでは錆びてしまうぞ。手入れもろくに出来てないとみえる」



 言いながら、源太はじりじりと距離を詰める。

 源太は目測で距離をはかっている。男達と源太との(あいだ)はだいたい三間(さんけん)(約5.5m)ほどか。やり合うとすれば、もう少し間合いを詰めなければならない。



 「手入れなど必要ないわ。切れなくなったら、また奪えばいいだけじゃからの」



 馬づら男が小銃を投げ捨て抜刀した。もう一人もすでに刀を抜いている。
 源太は目を動かすだけでそれを把握する。相手は数で対抗する気だろうが、怯む様子はない。



 「どうした。三人がかりでないとかかってこられないか」



 源太は挑発し続ける。自分の足では駆けることも跳躍することもできない。怒った相手が斬り込んでくるのを待っているんだ。

 けれどそれだけじゃないような気がした。
 源太の中にもふつふつと闘志が沸き上がるのがみえる。



 「国難に殉じた者達から金品を奪うなど、許せる所業ではない……。その者達に代わり、私が成敗してくれる」



 源太は軽く腰を落とすと、刀を正眼に構えた。



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