この空を羽ばたく鳥のように。





ハッと息を呑む。
男達が源太に襲いかかってきた。



真ん中にいたホクロの男が真っ先に駆け寄り、奇声をあげて源太に刃を振り下ろす。
源太は動かず刀で受けた。鋭い金属音が響く。

すると急にホクロ男の身体が前のめりになった。鍔迫(つばぜ)り合いにならず、源太が男の刃を受け流したのだ。金属の(こす)れ合う嫌な音がした。
支えを失い、ホクロ男はつんのめってたたらを踏んだ。

すばやく背後をとった源太が、男のうなじあたりを刀の柄頭(つかがしら)で強く打ち据える。
鈍い音がして、ホクロ男は気を失って倒れた。


あっという間だった。
倒れたホクロ男には目もくれず、源太はすでに残りの二人に向き合っている。
無駄のない動きに、他の二人の動きが止まる。



「どうした。今度は二人がかりで来るか」



源太は薄く笑う。残った二人はお互いに視線を絡ませる。「お前が先にゆけ」と押し付け合うように顎をしゃくる。



「二人がかりとあらば、手加減ができぬやもしれん。腕の一本や二本、切り落とされる覚悟で来い」


「……くそおっ!」



馬づら男が挑発にのって、刀を振り上げかかってくる。
源太なら刃を交えず抜き打ちで胴を斬れそうなものだが、彼は右手にぶら下げていた刀を無造作に構えて、先ほどと同じく刃を受けた。



「……!」



刃と刃がぶつかり合う金属音が耳に痛い。
先ほどの男と違ったのは、馬づら男は源太より上背があったのと、刀を振り下ろすと同時に体当たりしてきたことだ。

男が力をかけてきて、負傷した足で踏ん張る源太の顔が苦痛で歪んだ。



「源太‼︎ 」



心配で思わず足が出る。けれどすぐさま源太の鋭い声が飛んだ。



「近づいてはなりません!」



ビクッとして足が止まる。次いで「しまった!軽はずみなことをした」と感じたが、もう遅い。

このやりとりで男達は気づいた。



「そうか、あの女は妹じゃなく、おめえの主人か」



馬づら男が必死の形相の中でニヤリと笑う。
それからもうひとりの男に「おい!」と声をかけると、頷いた男が回り込むように私に迫ってきた。

私を捕らえて、源太の動きを封じる気だ。

そうはさせじと、わずかな抵抗に懐剣を抜いて身構える。



「ーーーぉおおっ‼︎ 」



いきなり源太が鋭い気合いを放ち、馬づら男の身体をはじくと刀を薙いだ。
光が一閃したあと、馬づら男の腕から血飛沫があがる。男は悲鳴をあげて刀を落とした。


自由になると源太はもうひとりの男の背後に迫り、後ろから袈裟懸けに斬った。
背中を斬られた男が、私の目の前で呻きながらのけ反り倒れる。



乾いた悲鳴が私の口から漏れた。
口元を覆い、必死で動揺を隠す。



源太は息を整えると三人が戦意喪失していることを十分に確認してから、念を入れて男達の刀を取り上げ、遠くへ投げた。
さらなる抵抗を見せるなら、今度こそ殺さねばならない。

それから自分の大刀をブンと一振りして刀身についた血を振り払う。血脂(ちあぶら)を拭うと刃こぼれがないか確認して鞘に納めた。
考え()る限りの危険を排除して、油断なく見まわすと私のもとに歩いてくる。

納めた懐剣を(ふる)える両手で握りしめる私を、源太は片腕で抱き寄せた。
そして大きな息をつくと言った。



「申し訳ございません。怖い思いをさせて」



源太に抱きしめられ、喜代美とは違う匂いと感触にドキリとする。

違和感を覚えたが、ふりほどこうとは思わなかった。
源太の胸の鼓動が早い。それほどまでに私の軽率な行動で心配をかけてしまった。

無言のまま腕に力を込めたのは、ほんのわずかな間で。
すぐに身体を離すと、源太は男達のもとへ戻っていった。


傷を負わせた二人の様子をあらためる。

背中を斬られた男は痛がって地面を転がっているが浅手だから問題ない。
腕を斬られた馬づら男は出血が多かった。傷が骨まで達している。

源太は懐から手拭いを取り出し、馬づら男の腕に巻きつけきつく縛った。



(……源太はもしかして、戦闘で(たかぶ)る気持ちを鎮めるために私を抱き寄せたのかもしれない。

それとも人を傷つけた自分を責めて、苦しい気持ちを少しでも軽くしたくて、誰かにすがりつかずにはいられなかったのかもしれない)



男達を介抱する源太の背中を見つめながら、先ほどの行為をそんなふうに考えてみる。



そのとき西の河原町口からざわざわと人の声が聞こえ、十数人の兵士の一団がやって来た。

敵かもしれないと思うとまた緊張が走る。
けれど一団が掲げる『會』の文字に染め抜かれた旗に胸を撫で下ろした。

よかった、味方の軍だ。

兵士のひとりが掲げている隊旗を見て、源太が立ち上がる。

隊旗には『進撃隊』と書かれてあった。


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