この空を羽ばたく鳥のように。
源太の顔を見て、ひとりの壮年の男が歩み出て声をかけてきた。
「源太?汝は春日源太ではないか」
「これは……荒川さまではございませんか!」
源太も驚き目を瞠る。
荒川類右衛門さま。源太の口から幾度か聞かされた、決死隊としてともに戦ったお方。
今は進撃隊に所属し、槍隊の指揮官になられたという。
荒川さまも親しげな笑みを浮かべて近寄ってきた。
「こんなところで会うとはのう!決死隊の時以来じゃ。足の塩梅はどうじゃ?」
「はい。この通り、ほとんどようなりました。荒川さまも先の戦にご出陣なされたと伺いましたが、ご無事でなによりでございました」
「あの戦いは酷かった。我が隊は、小室隊長はじめ過半の者が討死した。わしはなぜか死ねなくてな」
「まだまだ天命があるのでございます。ご活躍悦ばしい限りでございます」
お互いの無事を確かめ合い目を細めたあと、荒川さまは源太のまわりで倒れている男達に目を向けた。
「ところで、この者らは?」
「はい……主人の屋敷に荷物を取りに参ったのですが、その荷を置いてゆけと申すので叩き伏せました」
困ったように頭を掻く源太を横目に、倒れている男達を見て、荒川さまは顎に手を当てて唸った。
「ふむ……三人もか。足を傷つけたというに見事なものじゃの。それから、」
私のほうへ顔を向けて「こちらの娘は」と訊ねる。
「我が主人、津川瀬兵衛さまのご息女、さよりさまでございます」
紹介されて、あわてて身を整えお辞儀する。
「それはご無礼いたした」と頭を下げる荒川さまに源太が訊ねた。
「荒川さま。荒川さまはどうしてここへ」
「わしらは先の戦いのあと、佐川さまの下についてな。城に戻らず城下を警備しておる。
敵の侵入を防ぐのはもちろん、そこで転がっているような輩を取り締まるためにな。
だが今は、こちらの方がたを城へお連れするために参ったのじゃ」
そうおっしゃって、振り返り目配せすると、数人の男達が進み出て会釈した。
「郡上青山家から友軍が参った。名を凌霜隊というそうじゃ」
「まあ…」「なんと」と、私と源太の口から声が漏れる。
凌霜隊の隊員達の中心には喜代美と変わらない年齢の利発そうな少年がいた。
少年はさらに一歩あゆみ出て頭を下げると、凛とした声で言った。
「我ら、永年の徳川家の恩顧に報いるため、江戸から各地を転戦し、会津さまの一助となるべく馳せ参じました。
私は凌霜隊隊長、朝比奈茂吉と申します。両どなりにいるのが、副長の坂田林左衛門と速水小三郎です」
それを聞いて目を丸くする。
隊長と称したこの人はまだ少年ではないか。
副長と呼ばれた坂田、速水という両人のほうが中年らしく、よほど貫禄がある。
他の隊員を見ても、もっと壮年で屈強に見える方がたがおられるというのに、なぜ一番若いこの少年が隊長なのか。
その考えが顔に出てしまったのかもしれない。
朝比奈さまは困ったように肩をすくめておっしゃった。
「お察しの通り、隊長とは名ばかりです。私は江戸家老の嫡子なので仰せつけられました。
一番の若輩者でありますが、副長や隊士達に助けられ何とかここまで参った次第です」
「あ……いえ、そんな!し、失礼いたしました!」
あわてて頭を下げる。源太が感心したように言った。
「まだお若いのに、しっかりとしていなさる。
ここまでの道中は大変な困難でしたでしょう。失礼ですが、隊士の方がたはこちらで全員でございますか。かなりの少人数とお見受けいたしますが」
たしかに進み出た凌霜隊員は十人も満たない。
朝比奈隊長は首を横に振って答えた。
「いいえ。若松に着く手前の戦闘で、隊士達とはぐれてしまいました。しかし皆 城を目指しておりますから、おっつけ参りましょう」
「そうですか。有難いことです」
源太は目を細めてうなずいてから、荒川さまに顔を向けた。
「荒川さま、お願いがございます。ご迷惑かと存じますが、この者どもをお城までお連れ願えませんか」
荒川さまは片眉を上げて問い返す。
「この者らを城へ連れていくじゃと?」
「はい。医師のもとへ連れて行き、傷の手当てを受けさせてやりとうございます。早く治療すれば重くはならぬでしょう」
「しかしこ奴らは、主人の荷物を奪おうとした賊だろう。それなのに情けをかけてやるのか」
「はあ」と、源太は頭を掻いて、
「少しこらしめてやるつもりでしたが、考えが甘かったようです。
お嬢さまを人質に取られそうになり、思い余って斬ってしまいました」
「驕るなよ、源太」
源太の言葉に、荒川さまは鋭い声を発した。
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