この空を羽ばたく鳥のように。




「たしかに誰も傷つけることなく事を収められるなら、それに越したことはない。
しかし何事も容易(たやす)くできるなら、いま我らが命を削りながら戦うことはなかったはずじゃ」



荒川さまの厳しい物言いに 源太はハッとした。



「物事はそう簡単にはいかぬ。己の意のままにならぬ時などいくらでもあるのだ。
小事(しょうじ)(あなど)り、己の力量を過信しすぎると痛い目にあうぞ」


「面目ございませぬ。肝に命じます」



源太は身を固くして深く頭を下げた。

それを見て荒川さまはにこりと笑うと、私に顔を向け「いやまことに、この源太は実直な男ですな」と声をかけてから、再び源太を見つめ直しておっしゃった。



「説教じみた事を申してしまったが、汝の優しい心根に免じて、こ奴らを城まで運んでやろう」



その言葉に源太がほっとした顔をあげる。



「まことでございますか」



凌霜隊員のひとりが倒れている男達のそばに寄って膝をつき、傷の様子を見ながら言った。



「私は小野三秋と申します。軍医として付き従っております。この者らの面倒は私がみましょう」


「それはかたじけない」



小野さまが背中を斬られた男の腕を取り、自分の肩にかけて立ち上がらせると、他の隊員達も手を貸して馬づら男を引き上げ立たせた。
気を失っているホクロ男は進撃隊員に付き従っていた小者に背負わせた。



「ありがとうございます。よろしくお頼み申します」



野盗の男達を担いで再びお城へ向けて歩き出す一団に源太は深く頭を下げる。
最後に残った荒川さまが彼に声をかけた。



「どうだ、汝らも同道せぬか。どうせ城に戻るのであろう」



思わぬ誘いだったが、源太はしばし考えてから口を開いた。



「有難いことではございますが、無理をお頼みしたうえに、足の遅い私どもがご一緒させていただくのでは、お勤めを妨げてしまい心苦しいです。私どもはゆっくり参りますので、どうぞ先へお進みください」


「そうか。くれぐれも気をつけろよ」

「お心遣い、感謝いたします」



荒川さまは断られたことに気を悪くした様子もなく頷くと、私に「お先に失礼仕る」と会釈してから背を向けて一団の後を追った。
その背中へ私と源太は深く頭を下げる。

彼らの姿が見えなくなり、ふたりきりになると源太は私をちらりとうかがい見た。



「あの……さよりお嬢さま。先ほどは、その、まことにご無礼いたしました」


「えっ?」



源太は顔をそむけて頰を赤く染める。

「ああ、さっきの」と、思い出したようにつぶやくと、源太の顔はますます赤くなる。



「先ほどはお嬢さまが危うかったため、やむなく賊を斬ってしまった焦りと気の(たかぶ)りで、あのような不埒(ふらち)な真似をいたしてしまいました。どうかお許しください」


「あ……いいのよ!私のほうこそ、源太の足を引っぱってしまったから」



(やだ 源太、なんで今頃 赤くなるの。こっちまで恥ずかしくなるじゃない)



顔がほてると同時に、抱きしめられた感触までよみがえる。



「申し訳ございません。私が未熟なばかりに」


「ちがうわ、源太。詫びなければならないのは私のほう。軽率な振る舞いをして、あなたを焦らせ人を傷つけさせてしまった。本当にごめんなさい」



申し訳なく思えて頭を下げて謝ると、振り向いた源太が真剣な表情に変わってきっぱりと言った。



「私は、大切な人をお守りするためであれば、人を傷つけることも殺すことも(いと)いませぬ」



驚いて源太を見つめる。


二の句が継げなくて見つめるだけの視線を、しばらく静かに受け止めていた源太が、目をそらしてやおら動くと、地面に置いていた背負い籠をかついだ。



「さあ、私達も参りましょう」



うながされ、ためらいがちに私も風呂敷を取りに行く。
お城への道を戻りながら、私達は無言で歩いた。




大切な人を守るためであれば、人を傷つけることも殺すことも厭わない。



そう言い放った源太を、一瞬、怖いと思った。





(私に、その覚悟があるだろうかーーー)





源太の言葉を胸の内で反芻し、喜代美ならばどうするだろうかと思った。


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