この空を羽ばたく鳥のように。



しかし軍事局は 新しく編成された白虎士中合同隊の隊長に、士中一番隊の隊長であった春日和泉さまではなく日向内記さまを任命した。

それはいったい何故なのか。

汚名返上の機会を与えるためなのか、それともそもそも失態を犯したと判断されなかったのか。現に心中はどうであれ、城内で表立って日向さまをなじる者はいないようだ。
それが不思議でならない。



(もちろん私達のような下の者には、その理由が詳しく伝えられることはないだろうけど)



たとえ日向さまが間違った行動をしていないとしても。
私は、彼に対する不信感を抱かざるを得ない。



(おさきちゃんはどう思ってるんだろう……)



ちらりとおさきちゃんを(うかが)う。



(もし、おさきちゃんが 私と同じく日向さまに不信感を抱いているのなら、全快した坂井さまを日向さまの配下に付かせるのは不安なんじゃないかしら)



坂井さまと談笑するおさきちゃんの表情は、変わらず朗らかだ。
その心中を(はか)れないまま彼女を見つめていると、源太が姿を現した。



「ただいま戻りました」



まわりに臥している傷病者に会釈しながら 談笑している私達のもとに近づくと、そう言って私のとなりに腰を下ろす。



「さよりお嬢さま。昨日お話したとおり、虎鉄は知り合いの農家に預けて参りました」

「ありがとう、助かったわ。外の様子はどうだった?」



訊ねると、源太は目を伏せて首を横に振る。



「町も村も、ひどい有様でした」



源太は町や村で見聞きしたことを話して聞かせてくれた。


城外でのさばる西軍は、町や村に入って家財や家畜、女人を見つけると、片っ端からさらっていくという。

家人が逃げ出して空っぽになった商家の前には「◯◯藩分捕り」の立て札が公然と立てられ、家財や家畜は街道を通じて宿場で待ち構える商人に売られていき、捕らえられた女は兵士達の慰みものにされてしまう。

それは「家財分捕り•女分捕(おんなぶんど)り」などと呼ばれ 会津の民に恐れられた。



「まったく好き放題です。これが官軍と名乗るものの正体ですよ」

「なんてひどい……」

「奴ら、戦闘がない時はそうやって領内の町や村を荒らしてるんだ。これでは無頼の徒と何も変わらん」



山浦さまは怒気のこもった声を出すと、天井を睨んで唇を噛んだ。
おさきちゃんと優子さんの顔色が青ざめる。
「くそっ」と舌打ちして、坂井さまは自身の膝を叩いた。
源太もうなずいて、(いきどお)りを抑えるように拳を強く握りしめている。


皆に話している時も、怒りで気が(たかぶ)っているのか、源太は身振り手振りで熱心に説明していた。


心を痛める内容なのに、私は別のことが気になっていた。


人がごった返している部屋の中は、どうしてもとなりの人と密着してしまう。
私と源太のあいだもそうで、少し身じろぎするだけで身体のどこかが触れていた。

それなのに源太が説明しながら身体を動かすと密着度が増すので、なんだか胸の中が落ち着かない。



(最近、源太との距離が近いような気がする)



傷が回復して動けるようになってからは、源太はいつも私のそばにいてくれた。

もちろん私が仕事をしている時は離れて、警備に就いている父上のもとへ赴いたり、長局にいる母上やお祖母さまのお世話に心を砕いたりとよく働いてくれているけど、私が城外へ出る際や仕事を終えた夜に大書院へ赴く時は、いつも従ってくれていた。



(……源太は私のことをどう思っているのだろう)



自分が仕える家の、主人(あるじ)の娘。
でも、それだけ……?



そう考えてしまうのは、昨日源太に抱きしめられたからだ。

いくら気が昂っていたとしても、何とも思っていない女人を抱きしめたりするだろうか。



(いや、でも)



源太はもとから喜代美に引けを取らないほど他人への配慮があって、心優しい純朴な青年だ。
個人的な感情を抜きにしても、主人の娘である私への配慮は欠かさないはず。


でもそれならば。なおさら。
あの行為にどんな意味があったのだろう……?


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