この空を羽ばたく鳥のように。
「さよりお嬢さま」
源太の声が耳もと近くで聞こえ、彼の心中に考えを巡らせていた私はドキッとする。
「ご気分がすぐれませぬか。申し訳ございませんでした、気の塞ぐような話をして……」
「あっ……違うの!ちょっと考えごとをしてただけ」
(やだ……なんだか目を合わせられない)
私……源太を意識してる……?
源太はそんな私の動揺など気づいてもいない。
私が近いと思う距離でも、こちらに顔を向け、気遣うように話しかけてくる。
「そういえば 先ほどこちらへ戻るとき、西出丸で小野三秋さまとお会いしました」
「小野三秋さま……って、昨日お会いした凌霜隊の?たしか軍医を勤めておられる」
「さようでございます。西出丸を通過したときお声をかけていただきまして。あの賊どもは、順調に回復しておるそうですよ」
源太の声音は心なしか嬉しそうだ。
もともと野盗のたぐいなので、怪我人といえども御殿の中に上げることはできない。空き蔵の隅を借りてそこで養生させているらしい。
源太が気絶させただけのホクロ男が人夫として働きながら、傷を負ったふたりの面倒をみているそうだ。
「襲ってきた賊の容態を案ずるなんて、源太さんは本当にお優しいのね」
「そんな、滅相もございません」
賊に襲われたことは、ゆうべのうちに皆に話してあった。
その後の傷の具合を心配する源太におさきちゃんが感心して言うと、彼は恥ずかしそうに苦笑した。
「そんな奴らを助けて大事ないのか。ケガが治った暁には仕返しに来るんじゃないのか」
「案ずるには及びません。仕返しに来るなら、それはそれでいいのです」
山浦さまが懸念しておっしゃると、源太はそう言って屈託なく笑う。
「何事を行うにも、生きていればこそ。死んだら何も出来ませぬ」
「そうかもしれぬ。だが我ら武士であるからには、戦いに臨んで潔く散りたいものだ。そうだろう?」
「無論でございます!」
その問いかけに坂井さまが意気込んで答える。
けれど源太は表情を曇らせた。
「もちろん私もそのつもりです。ですが彼らは武士ではない。侍の道義を押しつけるわけには参りません」
「奴らは悪党だぞ」
「悪党でもです。彼らもまた、侍がはじめた戦の犠牲者なのかもしれませんから」
憂慮の色を滲ませた目を伏せながらも譲らない源太に、山浦さまはフッと笑った。
「だから俺は、お前を気に入っているのだ」
ーーーー源太が野盗を助けたのは、間違いではなかったのかもしれない。
もしかして彼らもまた、村を焼かれて住むところもなく、野盗に身を落とすしか生きる術がなかったとしたら、その責任は戦を起こした武士にある。
戦争が起きるといつも皺寄せを受けるのは、その地で暮らす民。
侍の都合で役目を強要され生活を奪われ、住むところも焼かれて、その補償さえ与えられるかどうか分からない。
源太は今日、その民らに降り注ぐ戦禍の一端を目の当たりにして心を痛めている。
ーーーーやっぱり源太は優しい。
源太は身の内に、関係ない他人をも思い遣れる心をちゃんと持っている。
『私は、大切な人をお守りするためであれば、人を傷つけることも殺すことも厭いませぬ』
昨日の言葉を聞いたとき、一瞬でも源太を怖いと思ったことを申し訳ないと思った。
そして抱きしめた行為も、怖い思いをした私を思い遣ってしてくれたことなんだと悟った。
ああ そうか。
じゃあ思い悩む必要なんてないんだ。
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