この空を羽ばたく鳥のように。
源太の振る舞いに得心がいくと、今度はなぜ小野さまが西出丸にいたのか気になった。
その訳を源太に訊ねると、小野さま達 凌霜隊は白虎士中合同隊と同様、日向内記さまのもとで西出丸の守備につくことになったそうだ。
「凌霜隊も、日向さまの配下に……」
坂井さまの時に感じた不安が再びムクリと起き上がる。
自分の配下を置き去りにした日向さまで大丈夫なのだろうか。
「小野さまは、凌霜隊が日向さまの指揮に従うことに安堵しておりましたよ」
源太の言葉に驚く。「え……っ、どうして?」と食いつくように聞くと、源太は首をかしげた。
「さて、詳しくはお聞きできませんでしたが、なんでも凌霜隊が日光今市で我が軍と合兵した際、日向さまには良くしていただいたとか」
たしか日向さまは、山川大蔵さまの後任で砲兵隊長として日光に赴いていたはずだった。
しかしなぜか前線での任を解かれ、後援である白虎士中二番隊の隊長を命じられている。
「明日にも残りの凌霜隊が入城するそうです。
遠い郡上から、よくぞ参られたものです」
源太が感慨深げにうなずくと、おさきちゃんが興味をひかれたように身を乗りだして私に聞いた。
「ねえ、凌霜隊の隊長さんってお若かったんでしょう?」
「ええ。朝比奈茂吉さまと申して、坂井さまと同年の十七歳だそうよ。私はお会いしたけど、江戸家老の嫡子というだけあって品格を備えた涼やかな顔立ちのご立派な若武者だったわ」
私が答えると、おさきちゃんは両手を組んで顔を輝かす。
「でしょうねぇ!若年で隊長を務めるなんて、ほんとたいしたもんだわぁ」
言いながら、おさきちゃんがちらっと横目で坂井さまを見ると、坂井さまはあからさまにムッと口をとがらせてそっぽを向く。
(おさきちゃんたら……坂井さまを傷つけるようなことを)
彼女なりの可愛がり方だと分かっていても、ほのかな恋心を抱いてるだろう坂井さまが気の毒に思えてしまう。
何事か考えていた源太が口を開いた。
「昨日城外で凌霜隊の方がたを拝見いたしましたが、我が藩では上官しか支給されないスペンサー銃やスナイドル銃を所持しておりました」
スペンサー銃は七連発の新式銃。お八重さまがお持ちの銃だ。スナイドル銃は単発の後装式銃で、どちらも我が藩には稀少な武器だった。
それを聞いた山浦さまは、床の中で意味ありげな笑みを浮かべる。
「そうか。少人数だとしても西軍に劣らぬ武装集団だ。しかも軍医まで付き従うとは、ただの脱走兵にしては充分すぎる装備だな。郡上藩はよほどの軍資金を凌霜隊に注ぎ込んだと見える」
「どういうことでしょうか」
言葉の意味がつかめなくて訊ねると、山浦さまは皆の顔を見渡してゆっくり話しはじめた。
「日和見主義だった西国諸藩は悉く新政府に頭を垂れている。郡上藩もまた然りだ。
その中で恭順派に反発し、脱走を企だてた者が裕福であろうはずがない」
「言われてみれば……たしかに」
「隊長は江戸家老の子息と言ったな。たしかに京に近い国許とは違い、定府の藩士は佐幕の色が濃かろう。新政府に与することを納得できず反発してもおかしくない。
だがこれだけの装備ができるというのは、藩の後押しがあるからに相違あるまい」
「……ということは」
「考えられることはふたつ。藩内の騒動を抑えるために、抗戦派に軍資金を渡して脱走させることで厄介払いしたか。あるいは」
山浦さまは皮肉めいて口角を上げた。
「郡上藩は四万八千石の小藩だ。新政府と旧幕府、どちらについても敵対した相手に簡単に潰されるおそれがある。
京を押さえた新政府軍に恭順を迫られ頭を下げつつ、万が一徳川家が政権を盛り返した時のために江戸から義勇軍を放ったとしたら」
「……つまり、それは」
「凌霜隊は一部の藩士の意思で結成したものでなく、藩の内示を受けて戦闘に加わった可能性がある」
「藩にとってはどっちに転んでも面目が立つ、言い逃れができるというわけですね」
源太が結論づけると、山浦さまがうなずいた。
「そういうことだ。藩の生き残りを賭けた作戦だろう」
山浦さまは言葉を切って表情を曇らせた。
「さて……凌霜隊は郡上藩を救う英雄となるか、はたまた捨て駒にされるかーーー」
※郡上藩の凌霜隊派遣の理由については、新政府軍と旧幕府軍のどちらが勝利しても弁明が立つと踏んだ二股政策と言われているが、
郡上では国許と定府の対立や意見の食い違い、政治乖離が顕在化し、戦争が始まっても収拾がつかなかったため、ふたつの藩政方向ができたとの見方があり、徳川への忠義を重んじた江戸家老の判断で派遣されたものとしている。
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