この空を羽ばたく鳥のように。
―――源太が父上のもとへ行ってしまってから五日が過ぎた。
源太とは会えないまま。
喜代美の行方も安否も依然わからないまま。
慌ただしく時は経ち、昼は食事運びや負傷者の看護、糞尿の処理などをして、手が空いた時は勘吾達の様子を見に行き、夜は破傷風患者のお世話と、昼夜問わず仕事に従事する日々が続いた。
源太が姿を見せないことに、山浦さまやおさきちゃんをはじめ、親しい人達は怪訝な表情を浮かべた。けれども私は「父に呼ばれて身の回りのお世話をしているの」と、揺れる心を隠して説明した。
九八は家族の世話に慣れてきて、ひとりでも炊事をしてくれるようになった。
仕事の手際はなかなかのものだが、元々農民の九八は学の無さのためか身分に対する認識の甘さがあり、その僭越した調子の良さがとにかく私の癪にさわった。
家族に対してたびたび軽口を言うのだ。
それに腹を立てて叱るのが私の役目だった。
母上達はこの状況下に冗談で笑わせてくれる九八を「気分が明るくなるわ」と寛容に受け入れておられるけど、私は九八がみどり姉さまに対して「別嬪だなぁ」とデレデレ鼻の下を伸ばして別格に扱う態度が気にくわない。
「こらっ、九八!みどり姉さまをやらしい目で見ない!」
「ひゃあ、さよりお嬢さまはおっかねえ〜」
「なんですってぇ⁉︎」
腹が立って怒るたび、それにもすっかり慣れてしまった九八は脱兎の如く姿を消してしまう。
まったく、なんてヤツだ。
そんな九八は、源太のところへ通ううちに彼にだいぶ懐いてしまったようだ。様子を見てきてと命令すると嬉々として出かけてゆく。
絶対、源太に私の文句を言ってるに違いない。
源太はというと、九八から得る情報では、幸い変わりはないようで、父上のお世話をしながら 情報収集や戦況の様子を探るために駆け回り、そのうえ私達の身を案じ、日用品や野菜、衣類などを手に入れてきては、九八に託してこちらに届けてくれていた。
源太には会えないけれど、彼が調達してくれたという品物が届くたび、感謝とともに元気なのだと知れて安心できた。
今日も仕事をひと段落つけたところで、長局の中庭で食事の支度を始める。昼はとうに過ぎていた。
先日源太がたくさんの南瓜を調達して九八に持たせてくれた。そのうちの半分を味噌で煮て、父上の分と家族の分、源太と九八の分を取り分けた。それでもまだいくらか鍋の南瓜が残っている。
父上と源太の分は九八に届けてもらい、私は残りの鍋を持って西出丸に向かった。
勘吾と助四郎だけでなく、凌霜隊の方がたにも食べてもらおうと思ったのだ。
道すがら上空をうかがう。幸い、西出丸側には砲弾が飛んでくる様子はない。
今こちらは攻撃を受けていないようだ。反対の三の丸方面では大きな破裂音が響いていた。
破裂音に混じって、天守から読経が聞こえてくる。聞いた話では、川原町にある日蓮宗大法寺の僧である日清さまが、天守最上階で怨敵退散の読経をしているそうだ。
天守は集中砲撃を受けているのに。
何という決意だろうと感心する。
九八の話では、父上と源太は二の丸へ移ったとの事だった。この砲撃の音に大丈夫だろうかと不安になる。
(心配いらないわ。父上には源太がついてる)
不安を抑えるため、そう自分に言い聞かせる。
けれど、そんな自分にはっとする。
私も、父上も、家族も。
どれだけ源太を心頼みにしているか。
『源太がいれば、何も心配いらない』
家族の皆が口にする、その安心感を与えてくれる源太が、
有難くもあり、申し訳なくも感じる。
そして―――その存在の大きさに、心が疼いて仕方ないのだ。
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