この空を羽ばたく鳥のように。
いつものように西出丸に通じる西中門を抜け、堀にかかるを坂を下ると、讃岐門から少し離れたところで凌霜隊員の四人が鍬や鋤を手に地面を掘っているのを目にした。
「皆さま、何をなされておいでですか?」
ちょうどよかったとばかりに声をかけた。
勘吾達の世話をしに、西出丸へは何度も足を運んでいる。
そのうち凌霜隊員の方がたともすっかり顔見知りになっていた。
地面を掘っていたのは、
斉藤巳喜之助さま、山田熊之助さま、
山脇鍬橘さま、石井音次郎さま。
四人とも二十代の若き精鋭だ。
「これは、さよりどの」
鍬を振るっていた手を止め、こちらを振り向く斉藤さまが目を細める。四人とも口元を手拭いで覆っているから、目だけの表情しかわからない。
「汚物処理です」
「まあ!」
「攻撃の手を緩められているうちに、やれることをやってしまおうと思いまして」
「せめて西出丸の中だけでもな」
斉藤さまがお答えなさると、他の方がたも口ぐちにおっしゃる。
それを聞いて表情を曇らせた。
「それは…ありがたいことではございますが、遠方から戦いに来られた皆さまにこんな仕事をさせるなど、申し訳ないことでございます。
あれから照姫さまへこの事をお伝えし、わたくしどもも大書院の辺りから少しずつ処理しているのですが……何分 城内は広く、行き届かない部分も多くございまして」
「いや、皆さんの多忙さは承知しております。我々は見るに見かねて、自ら進んで行っているまでのこと。お構いなされるな」
「ですが……」
戦いだけに専念してもらいたいのに。
雑用までしなければならない状況に、申し訳なくて深く頭を下げる。
「それからあの、隊長の朝比奈さまはどちらにおいででございますか」
「隊長は白虎隊士とともに、南口門の番兵に出向いておりますが……急ぎの御用ですか?」
「あ……いえ、そうではございません。南瓜を煮てまいりましたので、常日頃お世話になっている皆さまで食べていただけないかと」
「おお、それはありがたい」
鍋の蓋を開けて見せると四人は笑顔を見せた。
南町口郭門は、凌霜隊と白虎士中合同隊が守備している西出丸からおよそ五町(約545m)先にある郭内と郭外を分ける出入口のひとつ。
そこに軍事総督の山川大蔵さまの命で、早朝から日の入りまで各配属先から七人を出し警備に当たらせることになったそうで、朝比奈さまは日向隊長と相談した結果、白虎隊から四人、凌霜隊から三人を交代で番兵に出すことに決まったのだそうだ。
「隊長が白虎隊の少年達とともに南口門の番兵を勤めるのは、ひとつの息抜きかもしれぬな」
山田熊之助さまが口元を覆った手拭いの下からくぐもった声でつぶやくと、それを聞いた斉藤巳喜之助さまは目を細める。
「彼らは隊長と同年だからな。年上の我々には遠慮して言えぬことも、彼らには言えることがあるんじゃないのか」
山脇鍬橘さまもしみじみおっしゃった。
「そうですね……金太郎がいなくなってから、隊長はどこかしら寂しそうでしたからね」
訳を聞くと、凌霜隊の中には朝比奈さまの他にもうひとりだけ十七歳の少年がいたらしい。
その少年の名は、山脇金太郎さま。
山脇鍬橘さまの本家筋の跡継ぎだという。
ふたりは最年少ながら、各地を転戦して必死で戦ってきた。けれど戦いから離れたところでは金太郎さまはいつも若年で隊長という重責を担った朝比奈さまのことを気遣っていたそうだ。
朝比奈さまも同年という気安さもあり、金太郎さまとすぐに打ち解けた。ふたりは互いに支え合う仲だったのかもしれない。
しかし会津若松へ向かう途中、大内峠から関山にかけた戦いで、敗退を余儀なくされた凌霜隊員は散りぢりに逃げ、戦闘の混乱のなか金太郎さまは行方知れずとなった。
同じく行方知れずだった小者の小三郎の戦死が判り、金太郎さまも戦死したのだろうと隊員の誰もが思った。
藩の密命により、六人の小者を合わせ四十五人で江戸を脱走した凌霜隊だった。
だが戦いの中で戦死者や負傷者、出奔者などが相次ぎ、今やその人数は三十四人に減っていた。
仲間を失う悲しみは、皆 充分に味わった。
そしてその悲しみを、それぞれが必死で乗り越えようとしている。
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