この空を羽ばたく鳥のように。




なんだかほっとして目を閉じる。丁寧に髪を直すお祖母さまの手の動きを感じながら、心が落ち着いてゆくのがわかった。




「さ、できましたよ」


髪を整え終わるとお祖母さまは座り直す。
私はお祖母さまに向き直ると手をつかえてお礼を述べた。



「ありがとうございました。では次は、わたくしがお祖母さまの御髪をお直しいたしましょう。申し訳ございませんが、櫛をお貸しいただけますか」



そう申し出ると、お祖母さまは拒むことなく「嬉しいわ」と目を細め、櫛を渡してくださった。
その言葉に喜びを覚え、私は立ち上がるとお祖母さまの背後にまわって膝立ちになり、同じように髪を整えはじめた。

お祖母さまの白髪の目立ち始めた髪は、栄養失調のためか(くしけず)ると多くの髪の毛が櫛に絡みつく。そこに虱もついていた。
捕らえたそれを爪の先で潰しながら心を込めて髷を整える。



「―――終わりましたよ。櫛をお貸しいただき、ありがとうございました」



借りていた櫛を返そうとすると、お祖母さまは首を振る。



「わたくしはいいから。櫛はあなたがお持ちなさい」



そうおっしゃって、今使った拓殖の櫛を私の手に握らせた。



「櫛を持っておらぬのでしょう?」



たしかに自身の身だしなみを整える櫛は持ってこなかった。
使うつもりではなかったけれど、唯一懐に入れていた八郎さまの櫛もふたつに割れてしまっている。



「ですが……私が櫛をいただいたら、お祖母さまがお困りになられます」


「いいのよ。気にしないで」



お祖母さまはやんわりと微笑む。けれど、そんな訳にはいかない。身だしなみは大切だと教えてくださったお祖母さまこそ、櫛は必要だろう。

けれど、お祖母さまはおっしゃるの。



「わたくしは城内にいても床につくことが多く、お役に立つこともままなりませぬ。そんな者より、皆さまとともに立ち働くあなたが持っていたほうが、櫛もその役目を果たすでしょう」



そう言われると無理に返すわけにもいかず、私はしばらく考えてから「そうだ」と思いつき、言葉を返した。



「それでしたら、明日からわたくしが毎朝、この櫛でお祖母さまの御髪(おぐし)を整えましょう」



そう提案すると、お祖母さまは微笑んで「そうね、お願いするわね」と うなずいてくれたから、私は嬉しくなった。



「お祖母さま、夜も遅いです。そろそろお休みいたしましょう」



素直に従うお祖母さまを促し、横になるのを助けながら床に着かせると、お風邪など召されぬよう、包み込むように綿入れと布団をかける。
お祖母さまは目を閉じながらおっしゃった。



「ありがとう、さよりさん。これからも頼りにしてるわね……」


「はい。わたくしが出来ることなれば、いつでもお申し付けください」



お祖母さまのお言葉が嬉しくてつい微笑んだ。
こんな私でも、お役に立てられたことが嬉しかった。


お祖母さまのお顔をしばらく見つめ、お眠りになられたことを確かめてから、私もそばの襖にもたれて目を閉じた。



(これからも私の出来うる限り、お祖母さまに尽くそう)



温かく満ちた心にあらためて誓いながら、眠りについた。
















「――――さより!さより起きて!」



みどり姉さまの声と肩を揺さぶられ、目が覚めた私は寝ぼけまなこをこするとのんきに言った。



「みどり姉さま……申し訳ありません。私、寝坊してしまいましたでしょうか」

「そうじゃないの。さより、落ち着いてよく聞いて」



いつもと違う声音に、はっとして眠気が冴える。
目を開いてみどり姉さまを見つめた。
みどり姉さまは、今にも泣き崩れそうな顔をしていた。



「お祖母さまが、お亡くなりになられたの……」





え………?



驚いてすぐ襖に寄りかかっていた身体を起こすとお祖母さまを見つめる。お祖母さまは目元を拭う母上や、嗚咽をこらえるえつ子さまに囲まれて、ゆうべ眠りにつかれたままの穏やかな寝顔で横たわっていた。



「やだ……違いますよ、みどり姉さま。お祖母さまはゆうべ遅くまで起きておられたのです。お休みになられたのが遅かったので、まだお眠りになられてるだけですよ」



自身とまわりを安心させるように言うと、みどり姉さまは静かに首を振る。



「信じられない気持ちは分かるけど……もう息をされてないの」

「……!」

「いま九八を父上のもとへ(つか)わせたわ……」


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