この空を羽ばたく鳥のように。
あの晩――――。
「さより……!」
姉としてではなく、ひとりの女人として私の名を呼び、喜代美は強く抱きしめた。
喜代美のものになりたかった。心も、身体も、すべて。
「……よろしいのですね?」
その声に見上げると、喜代美はさっきまでのつらそうな表情を消して真顔で私を見つめていた。
真剣な眼差しが私を射る。
真顔の喜代美は眼光がするどい。初めてこの眼差しを向けられた時、怖さを感じてヒヤリとしたことがある。
でも今は怖くない。
それだけの強い想いを向けられてると分かるから。
瞳の強さに男らしさを感じるから。
静かに目を閉じた。喜代美にならどんなことをされてもかまわない。
その意を受けて、喜代美が頬を寄せてきた。
頬と頬を触れ合わせ、抱き寄せられて密着した身体は、ゆっくり床へ倒される。
覆い被さる喜代美の唇が私の頬に触れ、首筋に触れる。
触れられた部分が熱い。鼓動が早くなる。
徐々に下に這わせてゆく喜代美の唇から熱い息が漏れる。寝巻きの衿を広げられ、つい ビクッと身体が震えた。
「……… 」
とたんに喜代美の動きが止まる。
彼の唇が、はだけた胸元から離れてゆく。
「……? き、よみ……?」
そっと衿元を閉じられて、おそるおそる目を開けた。
身体を起こした喜代美は頬を赤く染めて、眼差しが柔らかく変わっている。目が合うと困ったように笑い、
「ああ……ええと、そうですね。やっぱり、ちょっと話でもしましょうか」
なんて言って私の手を引き、起こしてくれる。
引かれるまま起き上がって呆然とした。
喜代美はなぜ急に行為をやめたのか。
理由を考えると真っ青になって落ち込む。悲しくなって たまらず両手で顔を覆い、ワッと泣き出した。
「どっ、どうなされたのですか⁉︎ 」
いきなり泣き出されて驚いた喜代美があわてふためく。
「だって……!だって突然やめるなんて……!わ、私に魅力が無いから気が失せちゃったんでしょう⁉︎」
自分だって、精一杯 勇気を出して臨んだ行為だった。
すべてを捧げるつもりでいたのに中断されるなんて。
女子としてこれ以上の恥ずかしさと惨めさは無いだろう。
喜代美が情けない顔になってあわてて否定する。
「まさか!そんなはずありません!あなたはとてもみっ魅力的です!そっそれに、それを申すなら私のほうが……何分初めてのことでして、だ、男子として、あなたを満足させられるか、急に不安になって……」
「……バカ!何よそれ!」
うなじを掻きながら打ち明けられた理由に腹が立ち、泣きながら喜代美に向かって怒鳴っていた。
彼の肩をポカリと叩く。
「上手い下手なんて、比べる相手がいないんだから分かる訳ないでしょっ⁉︎
それにねっ、私はあんたのダメなところもまとめて好きなんだから!相手が喜代美なのに満足しないはずないじゃない!」
「……!」
喜代美は顔を真っ赤にして目と口をまんまるに開けて絶句する。
しばし言葉を失っていたのに、急に吹き出すと顔中に大きな笑みが広がった。
「は…ははっ!……まったく嫌になるな!やはり、あなたには到底勝てそうもありません!」
我慢できずに声をたてて笑う喜代美に、思わず涙が引っ込む。あっ、と思った。
喜代美の全開の笑顔。どれだけ待ちわびたことだろう。
笑ってくれた。嬉しい。……悲しいけど、嬉しい。
複雑な心の私にかまわず、喜代美は私を再び抱き寄せた。ふわっと、以前羽織を掛けられた時のような、柔らかな抱きかたで。
「……そうですよね。焦る必要なんてない。
あなたを抱きたい気持ちに偽りはないですが、家のため家族の願いのために、無理に子を作ろうとしなくていい」
私に言い聞かせているのか、己に言い聞かせているのか分からない。けれど喜代美はしっかりした口調で続ける。
「身体の交わりは重きにあらず。私達はもっと深いところでつながっている。ですから不安になることなんてないのです」
私を見つめて話す喜代美は、何かしらふっきれたような笑顔をみせた。
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