この空を羽ばたく鳥のように。




けれどもまだ得心のいかない私は、彼の胸の中でつぶやく。



「でも私は、喜代美の子を産みたいよ……?」



喜代美はぎゅっと抱きしめて答えた。



「いつか――――時が来たら」



(時が来たら……?その時って、いつ……?)



ひとつ大きく息をつくと、喜代美は言った。



「あなたにお願いがあります」

「……なに?」



腕の中から見上げる。以前のままの柔らかな微笑み。
けれど、その瞳は強い決意をしっかりと持っている。



「この身を忠義に捧げることをお許しください」

「―――…!」



言葉を失う。つまりそれは。

身体が震えて、拳を握る。



「だ…だったら、時が来たらなんて言わないで、いま私を……」



喜代美はかぶりを振る。すでに決意は定まっている。
どんなに私が望んでも、求めても、もう先ほどのような気持ちは起こらないだろう。


喜代美は優しい目をして、安心させるように言った。



「焦る必要はないと申したでしょう。すでに心はあなたに捧げております。私の心はあなただけのものです」


「喜代美……!」



また涙があふれた。喜代美にしがみついて声を殺して泣く。


喜代美の決意は固い。
きっとこれが、私を思いやれる喜代美の精一杯。

これ以上 彼を困らせてはならない。


しばらく泣いたあと、心を落ち着かせて口を開いた。



「わかった……なら、せめてこのままでいさせて……?
今夜は喜代美のぬくもりの中にいたい」



すがる声で頼むと、喜代美はふっと微笑んだ。



「はい……私も離したくありません」



喜代美は私を抱えたまま、柱にもたれた。
羽織と夜具を引き寄せ、ふたりを包み暖をとる。

たわいもない話をしながら、喜代美の手は愛しむように優しく私の頬に触れる。
私も手を伸ばす。愛しいその頬に触れる。





それは、幸せな時間だった。

この時間が、永遠に続けばいいと思った。





たとえ身体が結ばれることはなくとも、揺るぎない心の絆を感じる。



幸せで、安心して。そのうち眠たくなって。
あたたかな喜代美のぬくもりと優しさに包まれて、私はいつしか眠りに落ちていた。




















「―――結局……喜代美と契りを結ぶことはできなかったんです」



あの晩のことを話すと後悔でうなだれる。
あの時 抱かれていたなら、まだ希望が持てた。



「私の力が及ばず……みどり姉さまのご期待に添えませんでした。まことに申し訳ありません」

「さより……!」



みどり姉さまは思い詰めた表情で膝を進めて近寄ると、私を抱きしめた。



「ごめんね……!一番つらいのはお前なのに、私の勝手な思い込みでお前を傷つけて……!」



みどり姉さまは目を潤ませて謝ってくれる。それさえ申し訳なくて、子供みたいにしがみついて泣いてしまった。





――――今ごろになって悔やむ。あれは失敗だった。

あの晩は、無理にせがんでも契りを交わすべきだった。
喜代美から新しい生命(いのち)を受け取るべきだった。


けれど、喜代美はそれを望まなかった。




本当は気づいていたの。


心を決めていたはずなのに。
胸元を押し広げられた時、私は一瞬 (おび)えてしまった。

喜代美はそれをすばやく感じとったからこそ、手を止めたのだ。


抱くのをやめたのは、きっと私を気遣ってのこと。
それと同時に、やはり最後まで喜代美の気持ちが定まらなかったのだと思う。


後悔しかない。


あの時、怯えたりしなければ。

喜代美にすべてを任せていたなら――――。



.
< 457 / 566 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop