この空を羽ばたく鳥のように。
卵粥のおかげもあってか翌々日十三日はめまいも治り、体調もだいぶ良くなった。立ち上がってもふらつくことなく歩ける。
仕事に復帰する前に挨拶して回ろうと思い、まず始めに砲撃が落ちついている西出丸へと向かう。
小雨のなか凌霜隊の屯所に顔を出すと何やら騒々しい。
ちょうど小野さまがいて、他の隊員の方がたと難しい顔で談話しているところだった。
「おや、さよりさんではないですか」
私にいち早く気づくと、小野さまは表情を和らげて立ち上がり、こちらまで来てくださる。
「小野さま、先日はありがとうございました。おかげさまでこの通り良くなりました」
お礼を述べて深々とお辞儀をする。そんな私の様子を見て、小野さまも安心したように笑った。
「ふむ。顔色もいいし、体調も良さそうだ。症状が軽くてよかったですね」
「はい。いただいた卵や野菜を食し、滋養がつきました。皆さまのおかげでございます。まことにありがとうございました」
その場にいた隊員の方がたに向けて頭を下げると、皆にこやかにうなずいてくださった。
小野さまは気さくに笑う。
「いやいや、あの日は源太がただならぬ様子で呼びに来たものですから、私も何事が起きたかと驚きましたよ」
だいぶ打ち解けてきたのか、小野さまは源太を呼び捨てておっしゃる。
「源太が……?それは申し訳ございませんでした。小野さまのお手を止め、お忙しいところを私のような者のために……」
恥ずかしくなり恐縮して詫びると、小野さまは苦笑して手を振った。
「いえ、それが私の勤めです。お気になさる必要はありません。ただ、あの時の源太の取り乱しようが尋常ではなかったものですから。
だいぶ心配の様子でしたよ。体調が戻られて源太もたいそう安堵したでしょう」
(源太……そんなに私のことを心配してくれたんだ)
源太の想いに申し訳なさを感じながら、「源太はあの日からお城を出ていて、私が回復したことを知らないのです」と話すと、小野さまは先ほどの難しい表情を再び浮かべた。
「源太は城を出ているのですか」
「……?はい。しばらく戻らないとのことでした」
「……… 」
「どうかなされましたか?」
口に手を当てて考え込む小野さまに、不安になって訊ねる。小野さまはしばし黙考したあと重い口を開いた。
「実は、近々 敵の総攻撃があるらしいとの噂が流れているのです。そのせいか、城から脱走する者が相次いでます」
「総攻撃……!」
また めまいがしそうだった。
たった今良くなったと言われた顔色が蒼白になる。
敵はとうとう、本格的な冬が到来する前に決着をつけることを決めたのか。
「げ……源太はそれを存じていたのでしょうか」
「わかりません。ですが城外に赴く際はしきりと情報を集めておったゆえ、あるいは」
源太は私用で城外へ出た。私用って、一体何だろう?
「小野さまは、それを知って源太が脱けたとお考えでしょうか」
疑うように、若干 険しい目で見上げると、小野さまは腕組みして「まさか」と笑った。
「さよりさんもそうは思っておらぬのでしょう?」
「もちろんです」
きっぱり答えると、小野さまもうなずく。
「ですがそれも一理あります。我ら兵士が脱走することは論外ですが、あなたのような婦女子の方がたは今のうちに城を出られることもお考えになられたほうがいい」
「それは……」
危険が迫っていると知って、逃げろと言うのか。
「私は……私は、父が逃げろと仰せにならない限り、皆さまと共にここに残り、源太を待ちます」
両手を握りしめて震えを隠す。私はそのつもりだけど、せめて母上やえつ子さまは郊外へ避難したほうがいいかもしれない。
小野さまは「そうでしょうね」とうなずいた。
「てっきりあなたの看病で、源太はこちらに来ないのだと思っておったゆえ、私のほうから九八らに総攻撃がありそうだと伝えておきました。
僭越ながら、城を退去するなら今のうちだとも告げてあります。彼らはこの戦に無関係ですから、むざむざ死なせることもありますまい」
「さようでございますか……お心遣い感謝いたします。それで、九八達はなんて……?」
「青ざめておりましたが、しばらく考えたいとのことでした」
たしかに九八達はこの戦争の被害者だ。出てゆくと言うなら止めることはできない。
「せっかく親しむようになったのに、残念です。ですが仕方ありません。彼らには死んでほしくありませんから」
「そうですね……私も同じです」
そうおっしゃってからひと息つくと、小野さまは宙を見つめた。
「懸念があるとすれば、源太が戻る前に城が包囲されてしまうことでしょうか。そうなる前に戻ってくるとよいのですが……」
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