この空を羽ばたく鳥のように。
ドキドキがずっとおさまらない。
それどころか、心の臓が破裂してしまいそう。
部屋の隅で真っ赤になった顔を近づけて襖にできた染みを睨み続ける。これまた赤くなった耳は後ろで聞こえる源太の動きに集中してる。
背後では擦り切れた衣服を脱ぎ捨て全裸になった源太が、いま下帯(=褌)を締めている最中なのだ。
絹の下帯は通すたびにシュッと切れの良い音がするから、ついつい余計なことを考えてしまう。
(は、恥ずかしい……っ)
これだけはさすがに介添えするという訳にはいかない。
狭い部屋に、全裸になった殿方とふたりきりなんて。
しかも私達は一度は強く抱き合った仲。
考えれば考えるほど赤面する。
「お嬢さま、終わりました。もうこちらを向いてよろしいですよ」
「はっ、はい!」
源太に声をかけられてビクッと反応しながら、襦袢を手に立ち上がる。振り向くと、こちらに背を向け立っている、下帯姿の源太が視界に映った。
すっと伸びた背筋。張り出した肩甲骨。引き締まった肉体。そのすべてに男らしさを感じる。
なおかつあの身体に、自分は抱きすがったのだと思うと、余計に顔が熱くなる。
「………」
何も言えず目のやり場に困り、襦袢を広げ視界を遮るようにして背後へ近寄り、源太の肩にかける。
そのとき、源太が首に紐のようなものをかけていることに気づいた。つい恥ずかしさも忘れて訊ねてしまう。
「源太、首に何を下げているの?」
「……!これは……」
源太が表情を変えた。胸元を覗くと、それは薄茶けた巾着だった。それを長い紐で括って、大事そうに首から下げている。今まで源太はそんなもの身につけていなかったはずなのに。
源太は素早く襦袢の袖を通すと、私から巾着を隠すように手で覆った。
「これは、その……お守りです」
ぎゅっと巾着を握りしめて源太は答えた。私から逸らした目にはなぜか物哀しさが漂う。
源太は昨日までしばらくお城を離れていた。そのあいだにどこかで貰ったものなのだろう。私用と言った以上、どこへ行っていたのか問い詰めるのは憚られる。
「……そうなの。大事な人から貰ったものなのね。きっとそのお守りが源太を守ってくれるわ」
源太は答えず、目を伏せただけだった。でもきっと、実家のお母上さまから無事を祈って贈られたものに違いない。
源太の私用が家族に会いに行ったためと思っていた私は、勝手にそう思い込んだ。
私は彼の前に向き直り、膝立ちなって襦袢の紐を結んだ。
それから鉄色の半着を手に取り、同じように背後から源太の肩にかける。袖に腕を通してもらい、こちらも紐で結んで次に袴を穿かせた。
着付けのために前と後ろをせっせと往復する私を見つめて源太はふっと笑う。
「一家の主人とは、このようなものなのでしょうね」
「え?」
ふいに落ちてきた言葉に、膝立ちで袴の腰紐を結んでいた私は顔をあげる。相好を崩した源太と目が合った。
「いえ……自分に嫁いでくれた妻が、勤めの際に甲斐がいしく世話を焼き、身支度を整えてくれる。そのようなこと私には一生縁がないと思っておりましたゆえ、さよりお嬢さまのおかげで夢がひとつ叶いました」
そう言って照れたように笑う源太に、胸にズキンと痛みが走る。
「……げ、源太だって。どこか養子先が見つかれば、一家の当主になれるわ。ご妻女だってちゃんと……」
動揺してうつむきがちに言うと、源太はゆっくり首を振る。
「いいえ。私は当主にはなれませんし、妻を娶る気もございませぬ」
「でも……!この戦が終われば父上がきっと良い養子先を見つけてくださるわ。それほどまでの働きをしてくれたんだし、源太には十分その資質がある」
「私の願いは、このまま津川家に仕え続けることです」
「……本当に、それでいいの?」
納得できなくて源太を見つめる。すると彼は苦笑した。
「困りましたね……お分かりになりませんか。私はさよりお嬢さまのおそばを離れたくないのでございますよ。
ですから、戦から戻ったらまたおそばで皆さまのお世話をさせてください」
「ーーー…っ!」
思わず両手で口元を覆った。
源太の想いに泣きそうになった。
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