この空を羽ばたく鳥のように。
たつ子さまは私から顔をそむけて助四郎を見た。
「ならば、そこの者。お前が代わりに行ってまいれ」
「えっ、わ、わしがですか⁉︎ 」
いきなり振られた助四郎はキョトンとした表情で言った。
たつ子さまは真面目な顔でうなずく。
「お前も津川家に仕える者であろう」
「あの……たつ子さま、この者はわが家に仕える者ではございません。ですからそのような使いは……」
あわてて私が言うのを遮って、助四郎は身を乗り出した。
「行きやす!源太さまの代わりに、わしが行きやす!」
「助四郎……⁉︎」
「元はと言えばわしがお嬢さまのおそばを離れたせいじゃし、今度こそお役に立ちてぇんです!」
勢い込んで言う助四郎に、目頭が熱くなる。
私はひどいことを言ったのに。
それでも戻ってきてくれた助四郎が、源太の恩に報いるために私を助けようとしてくれる。
(源太のおかげだ……)
源太が優しい心で助四郎に接してくれたから。
源太に返されるべき恩恵が私に回ってきたんだ。
また、源太に救われた。
快諾した助四郎に、たつ子さまは「よう申してくれた」と満足そうに指示を出した。
翌日は払暁にお城を出て、そして夜までに場所と医者を確保すること。他に運び出すための大八車や布団の手配などを細かく告げた。
皆の気持ちが胸に沁みて涙がこぼれる。
あまりに申し訳なくて、声を漏らして泣いた。
「まったく。あなたは本当に泣き虫ですね」
それを見た たつ子さまが呆れておっしゃる。
痛みに耐えながら腕を上げて涙を拭い、口を開いた。
「すみません……何のお役にも立てないのに、私のためにこんなにも心を砕いてくれる人がいてくれるなんて、本当にありがたくて」
涙ながら言うと、たつ子さまは目を伏せた。
「わたくしは照姫さまに仕える身です。降伏開城となれば照姫さまもご老公さまに従われるでしょう。
奥女中の者もそれに付き従いますので、あなたとはもう会う機会もないかと存じます。ですからこれは、わたくしがあなたにしてあげられる最後のことなのです」
「たつ子さま……!」
その言葉に衝撃を受ける。もう会えなくなるかもしれないと思うと、とたんに寂しさが募る。
「なぜ……そこまで私に親切にしてくださるのですか?」
たつ子さまに訊ねると、彼女はかすかに口元を緩めた。
「さあ……なぜでしょう。先ほど申したとおり、あなたとは深い縁を感じたからでしょうか」
「たつ子さま……」
痛みを堪えて手を伸ばす。私の意を汲んで、たつ子さまは伸ばした手を両手で包んでくれた。
「たつ子さま……私達、もうお友達ですよね……?」
たとえもう会えないとしても。
この戦いの中で得た、かけがえのない大切な友達。
「ええ、もちろん。あなたがお嫌でなければ」
そうおっしゃって、つり上がり気味の眦を下げてたつ子さまは笑った。
初めて見る娘らしいその笑顔を、忘れないように深く深く胸に焼きつける。
たつ子さまが立ち去ったあと、いただいた重湯を母上から食べさせてもらった。
それはとても美味しく、生かされているありがたさを噛みしめ胸が熱くなった。
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