この空を羽ばたく鳥のように。
背中に芯が入っているような、スッとした喜代美のきれいな後ろ姿。
その肩が、少し角ばっているように見える。
次いで、喜代美の凛とした声が響く。
「いえ、もう祟りなどと馬鹿げたことは申しませぬ」
(……!)
驚いた。喜代美のこんな力強い声は、初めて耳にする。
「たかが蛇一匹ではありませんか。放っておけば、どこへなりとも去りましょう」
「ならん!蛇は不吉じゃ!」
「そうじゃ!殺せ殺せ!」
見るとこちら側に、涼を求めて動き出したのか、たしかに一匹の蛇がうごめいている。
喜代美は蛇と生徒達とのあいだに立っている。
状況からして、蛇を庇おうとしてるの?
私はどちらかと言えば、蛇は苦手。
つい「げっ」と小さく声が漏れる。
それは彼らも同じなのか、蛇を打ち殺してしまおうと皆がみな手に石を持っている。
そのうちのひとりが石を投げ捨て、腰の小刀を抜いた。
「津川!弱虫は退いてろ!俺が一太刀で仕留めてくれるわ!」
高らかに声をあげ、ドン!と喜代美を突き飛ばすと、蛇に刃を向けようとした。が。
「!?」
背の高い喜代美が、その生徒の着物の後ろ襟をぐいと掴んだ。
掴まれた生徒は憤怒で顔を真っ赤にして怒鳴る。
「津川っ、貴様はっ、何をするっ⁉︎」
「蛇を殺したところで、誰が褒めてくれましょうか。あなたの技倆は、ここにいる皆がよくご存知のはず。
刀は武士の魂です。こんな小さきものを斬っても魂が汚れるだけ……。止しましょう?」
その声はあくまで穏やかだけど、有無を言わせぬ威圧感があった。
喜代美の顔はこちらからは窺えない。
食ってかかった生徒の表情がかなり驚いてるのが見て取れる。
きっとゆうべみたいに、眼光するどく見据えているに違いない。
喜代美は背が高いから、見下ろされるとそれだけで圧力を感じるんだよね。
「どんなに小さくとも、みな等しく生きているのです。
それを"不吉だから"と申して殺すのは、道理に反してると思いませんか」
先ほどより柔らかみを帯びた声で諭されると、その場にいた生徒達は顔を見合わせしぶしぶ頷いた。
「わ……わかったよ」
掴まれた生徒が刀をおさめると、喜代美もやっと彼の襟を放した。
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