この空を羽ばたく鳥のように。
どうやら今は夜のようだ。
日にちをおたかに訊ねると、今日は二十四日だという。
ということは、お城を退去する最終日だ。
おたかは明るく言った。
「奥さまやみどりお嬢さまも先ほど到着なされましたよ。
今は母屋で肝煎さんとお話されています。もうしばらくしたら、こちらにおいでになられると思います」
「そう……」
母上達はいろいろ後始末に時間がかかり、最終日にお城を出たのだろう。とにかく無事に着いたと知って安堵した。
おたかがいそいそと布団を運び出し、新しく床がふたつ作られる。
おたかが言ったとおり、しばらくすると離れ屋に母上とみどり姉さまが姿を現した。
私達は相好を崩してお互いの無事を喜びあった。
そのあと母上とみどり姉さまは荷をほどき、おたかに言われてお風呂を借りにいった。
うらやましいと思っていると、ふたりがいない間におたかが熱い手拭いで身体を拭いてくれた。着物もいつの間にか着替えさせられていたことに気づく。
これはおたかが持ってきてくれたものだった。
「私の着物で申し訳ございません。お嬢さまは身ひとつでこちらにいらしたので……」
「助かるわ……何せ着の身着のままお城にあがったものだから。荷物なんて何もないのよ」
おたかは悲しく笑った。籠城戦での私達の苦労を思い遣り、不憫でならないという顔だった。
「傷口が開いてはいけませんので、今はこれくらいしかできませんが……」
「いいえ、充分よ。ありがとう、おたか。身体を拭いてもらったおかげでさっぱりしたわ」
お礼を言うと、おたかはまた涙ぐんだ。
哀れまれるほど、私はやつれ果ててみすぼらしかった。
ズッと鼻をすすると、おたかは明るい声を出した。
「明日はお髪も洗いましょうか。滋養のつくものも持って参りますから、きっと早くよくなりますよ」
「……でも、おたかの家だって大変なんじゃないの」
「この村は戦場にならずにすんだので、村も焼かれませんでした。他のところに比べれば被害は少ないので案ずることはございません」
それでも、やはり戦のために軍用金や軍夫の徴収はあっただろうに。
軍隊の分捕りにあい、怖い思いだってしただろうに。
私達武家の者を、村の人達は恨んでいないだろうか。
ここの肝煎さんも、いきなり押しかけて迷惑してるんじゃないだろうか。
勝手に戦争を起こして村を焼き、戦場となった田畑はダメにされ、あげくに負傷した兵士の面倒まで看させられる。
以前言われた助四郎の言葉と、城を出てからのまわりの景色を思い出しながら、村の人達の心境を考えるといたたまれなくなった。
「ありがとう……申し訳ないけど、今はおたかに頼るしかないの。いろいろとお世話になるわね」
おたかの親切をありがたく感じながら言うと、彼女は目元を拭ったあと「はい!」と元気に応じてくれた。
お風呂から戻ってきた母上とみどり姉さまも、やはりすっきりしたお顔をしていた。
「久しぶりのお風呂!生き返ったわあ!」
みどり姉さまが嬉しそうにおっしゃると母上もうなずく。
「本当に。やっと人並みの生活ができるように感じるわ」
おたかが母上達のために夕餉となるおむすびと味噌汁を離れ屋に運んでくれた。そうして私には重湯を食べさせてくれる。ありがたくいただきながら、私達は別れたその後のことを語りあった。
母上のお話では、ここを紹介してくれたのは大野瀬山さまだったそうだ。
板橋たつ子さまから事情を聞いた瀬山さまが、知り合いの藤林さんに紹介状を認めてくださった。
たつ子さまがその書状を助四郎に託し、準備もすべて整えてくださったらしい。
「たつ子さまと瀬山さまには、感謝してもし足りないくらいですね……ありがたいことです」
「そうね。落ち着いたら、お礼を整えてごあいさつに伺わなきゃね」
母上やみどり姉さまはおっしゃった。
えつ子さまは母上達と別れて、西軍が指示したように他の婦女子とともに喜多方方面へ向かったらしい。
城外で戦っていた味方の兵士達が降伏後、塩川村やその近辺の村に謹慎することになったと聞いて、誠八さまや金吾さま、そして喜代美の安否を訊ねるためのことだった。
津川家の家族や親戚の安否も分かったら手紙で報せてくれるそうだ。
「えつ子さまの報せを待つのもいいけど、落ち着いたら私達も塩川村へ行ってみようと思うの。父上と源太の安否も知りたいし……」
人心地がつくと、やはり男達の安否が気にかかった。
あれから父上達はどうなったのだろう。
きっと無事に帰ってきてくれる、そう思っているけれど。
男達の無事を案じて、ふと会話が途切れたとき、おたかが声をかけた。
「申し訳ございませんが、今日はこれで失礼いたします。明日またお伺いします」
「あ……待って、おたか」
物思いに耽ってしまい、つい忘れかけてたけど、私はおたかに、私達がここにいるあいだ、助四郎を多吉の家で寝泊まりさせてもらえるか頼んだ。
助四郎は私を送り届けたあと再びお城へ戻り、後の処理に追われる母上達を手伝ったあと、こちらまで案内してくれたのだった。
「私達をここまで連れてきてくれたから、もう自分の村へ帰ってもいいのよ」と母上が勧めてみたが、助四郎は九八の安否がはっきりするまではここに留まると言い張ったそうだ。
しかし、離れ屋はひと間しかないし、籠城戦の時とは違い落ち着いた今は、女達の中で家族でもない男が一緒に寝起きする訳にもいかないだろう。
外聞もあるためしばらく助四郎の世話もお願いすると、おたかは快く承諾してくれた。明日からは助四郎とふたりでここに通うと言ってくれた。
おたかが助四郎を連れて帰ったあと、当面の身の置きどころを見つけられたことに、私達母娘はようやく安心できたのだった。
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