この空を羽ばたく鳥のように。




明治二年九月。敗戦から一年経ったあと。
新政府 太政官より、松平家再興を許すとの御沙汰があった。


その理由のひとつとしてあったのは、若松でたびたび起こっていた事件だった。
若松では駐留官兵の乱暴狼藉が後を絶たず、これを知った幽閉中の藩士が怒りのあまり脱走して官兵を襲撃するという事態が起きていた。

これを憂慮した若松県知事となる四条隆平(しじょうたかとし)が、会津藩士が命令を聞くのは藩主しかいないと考えた。
そのため松平家を再興し、藩士が脱走したり暴挙に出ないよう藩主に取締りを命じることにしたのである。

命令に従わなければ藩主の責任となるから、藩士達はこれを守らない訳にはいかない。
それに藩の再興は藩士達の悲願であったから、おのずと藩士達はおとなしくなった。

この功があって九月二十九日、太政官より罪を許され血脈の者をもって家名再興が認められたのである。



新しい領地については「陸奥国の北部にて三万石」と通達されたが、戦後処理のため会津に残留していた藩士達はこの通達に激怒し「再興するならば猪苗代」と、東京にいる重臣のもとへ談判に赴いた。


会津残留組いわく、

「猪苗代ならば若松に近く、始祖保科正之公を祀った土津神社の跡地(戦争で焼失した)があり、藩士達も祖先の墳墓の地を去らずにすむ」と。

それに対して、東京の重臣たちの返答は以下のようなものだった。

「我らが第一に望むのは藩の再興である。しかも戦後に広がった一揆に見るように、わが藩は猪苗代の郷士や農民への圧政があり、旧領地にて迎え入れてもらえるとは思い(がた)い。

それに会津の地にこだわると、新政府に再び反旗を翻すのではないかと疑われるおそれがある。
それは藩の再興に影響を与えてしまうのではないか。

幸い陸奥国の領地には海がある。そこで他藩や外国と貿易を行えば何とかやっていけるかもしれない。
東京や会津から遠く離れた地ならば、新政府に睨まれにくいはず。そこに土着し家名を盛り立てればよい」



会議を開いた東京組と会津残留組の意見は真っ二つに分かれ、激しく対立し、抜刀騒ぎまでおこる始末だったという。



会津の百姓達も五百人ほどで大挙し、藩主のご帰復を願って東京など各地へ陳情に及んだこともあったが、結局、重臣の中心人物である山川大蔵(やまかわおおくら)(のちの(ひろし))と広沢富次郎(ひろさわとみじろう)(安任(やすとう))が新境地を開くべく陸奥国への移転を決定したといわれている。
宰相(容保)公の家名再興と三万石扶持を潰してはいけないとの英断もあったという。


そして山川が松平家家臣総代として願い出て、陸奥国旧南部藩領だった三郡(現在の青森県三戸•上北•下北と岩手県の一部)の石高三万石を与えられることとなった。

会津残留組の原田対馬(はらだつしま)が先駆けて新領地を視察に行ったが「荒蕪不毛(こうぶふもう)の辺地で、実収わずかに七千石がいいところだ」と報告し、難色を示した。
しかし戦に敗れたわが藩を復興するには陸奥国しかなかった。





かくして、これより先の明治二年六月三日に生まれた容保公の幼い長男•慶三郎(のちの容大(かたはる))さまを藩主とし、新しい藩を作って名前を『斗南(となみ)藩』とした。










※『斗南』とは、一般的に「北斗七星より南、転じて天下」という意味であるが、会津人がこの文字を当てた理由には諸説ある。

そのひとつとしてよく取り上げられるのは、下北地方の地方史研究家である笹沢魯羊(ささざわろよう)氏が発表した、中国の詩文の中にあるという「北斗以南皆帝州」説である。

「本州最果ての地も天皇の領土であるから、我われも共に北斗七星を仰ぐ帝州の民である」という意味で、自分達はけして朝敵ではないという思いが込められているといわれている。

他に「南斗六星に結びつけたのではないか」との考えもある。南斗六星とは北斗七星に対してつけられた呼称であり、射手座の中央部を指す。
この星座をよく見ると、射手が永久に放たれることのない矢を隣りの(さそり)座へ向けているようにも見える。

蠍は憎き新政府であり、射手は薩長に怨念を抱く会津人の姿とも解釈できるという説である。(葛西富夫著『会津藩落城•流転』より)

また、伊藤哲也著『史料集成 斎藤一』では、斗南藩と藩名が付けられたのは移住後の明治四年四月以降のことだとしている。

藩名も上記の「北斗以南皆帝州」や「南斗六星」から名付けられたのではなく、斗南藩主•松平容大が藩名の由来を「北斗の南」「外南部(そとなんぶ)の俗称」であると明治政府に報告していたとある。

他にも郷土史研究家の伊藤一允氏が、旧会津藩士•竹村俊秀の『北下日記』に「斗南とは外南部の(いわれ)なり」と明記していると書いている。(松田修一著『斗南藩 泣血の記』より)


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