この空を羽ばたく鳥のように。
* 八 *
――――ああ、また。
また喜代美が空を見上げている。
自分の部屋の縁側に腰かけて。
その口元に絶えず笑みをたたえて。
以前は知らなかったけど、今は何となく分かる。
喜代美はあそこから、遠い京で励むお父上のことを思っているのだろう。
いつか私に聞かせてくれたように、家族の幸せを願っているのだろう。
きっとこの時間は、喜代美にとって 家族を思う祈りの時間。
――――たしかに今、江戸や京都では緊迫した状態が続いている。
二百六十年間も天下泰平の世を保たせていた徳川幕府も、諸外国の脅威にさらされ、その権力はまさに地に落ちんとしていた。
幕府は開国を迫る外国に屈し、朝廷の許可も得ず 自分達に不利な条約に次々と調印した。
そんな弱腰の幕府に異を唱え、攘夷論が沸き、
天皇のおわす京には不逞浪人が蔓延り、幕吏を斬殺する事件が相次いだ。
京の都は、乱れに乱れた。
そんな京都の治安を改善させるため、わがお殿さま松平容保公に京都守護職の台命がくだり、上洛したのは四年前の文久二年(1862年)のこと。
お殿さまのご上洛には、約一千人もの藩士が従った。
江戸に詰めている藩士だけでなく、ここ会津からもたくさんの藩士達が旅立った。
喜代美のお父上も。
それから、今までのあいだにいろんなことが起きた。
『八月十八日の政変』や『禁門の変』、第一次・第二次長州征伐も行われ、
公武一和を実現するため、会津は天皇と将軍家のために、誠心誠意を尽くし働いている。
(早くすべてが片づくといい。みんなが無事 帰ってくるといい)
遠い京の空に思いを馳せる喜代美を見つめて、私も目を閉じて同じように祈る。
まぶたを開けると、こちらに気づいた喜代美と目が合った。
彼は決まって優しく微笑みかける。
それに応えて、私も笑みを返した。
変わったのは 私の態度。
あの日を境に、私の中の喜代美に対するわだかまりは、少しずつ薄らいでいた。
私だけでなく、喜代美も同じように心の葛藤があったと分かったから。
ともに親の愛情に不安を抱き、心に陰を落としていた。
私達は同じ思いをした者同士だったのだ。
※台命……将軍の命令。
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