この空を羽ばたく鳥のように。
「どうだ、九八。ずっとさよりどのを背負っていて疲れただろう。代わるぞ」
話にひと息いれるように、声の調子を明るく変えて金吾さまがおっしゃる。
今 動かされたら泣いてることに気づかれそうで、寝ているふりをしたままどうしようかと思っていると、
「平気です。さよりお嬢さまは軽いし、おぶってるとあったけぇんです。なんでこのままでいいです」
存外に九八が断ってくれたので、ホッとした。
すると機嫌を損ねたのか、金吾さまの胡散臭そうな声が。
「……九八。汝はまさか、さよりどのに邪なことを考えておるまいな」
「なっ……何をおっしゃるんで⁉︎ 」
「その蓑の下でいかがわしいことをするなよと申しておる」
「わあ!いくら高橋さまでもひでぇや!わしがさよりお嬢さまにそんなことするはずありやせんでしょう!
バレたら平手打ちを食らわぁ!それにわしは……!」
思わず口走った言葉尻を、すかさず叔父さまがとらえる。
「ふむ。“それにわしは”?」
「旦那さままで!勘弁してくだせぇよ!」
二人は愉快そうに笑った。九八が憎めない性質だからか、おかしな言い方だけど、三人は仲良しだ。
金吾さまと九八は年が近く、出自の違いを越えて親しくしているし、主水叔父さまはひとまわり年上だけどやはり気さくな性格で九八とすぐに打ち解けた。
普段の生活から、九八が真剣にみどり姉さまに想いを寄せてることは皆が知っている。みどり姉さまも気づいておられるけれど、何も進展していないのが現状だ。
からかわれたのだと知って、鼻息荒く九八は言った。
「いっ、いえ!そうではなくて!やっぱ、生きてるっていいなあってことですよ!なんつうか、希望が持てるっていうか……。
亡くなられた源太さまや津川さまをおぶった時の、あの固く冷たい重さは……あれは、絶望しかありやせんでした。
じゃから、おぶっている方のぬくもりが伝わってくると、安心するんです」
笑声を消して、叔父さまと金吾さまが黙り込む。
九八の中で、源太を失った悲しみは未だ癒えていない。
それは私も同じだし、あの戦争で大切なものを失ったすべての人達に言えることだった。
「すまぬ。からかいが過ぎた。つらいことを思い出させてしまったな。悪かった」
金吾さまが申し訳なさそうに謝ると、九八のほうが明るく応えた。
「いえ、いいんです。おふたりが亡くなられた日から いつも誰かをおぶる時は、あの時のことが思い出されるんです。その度つらくなるんですが、それにもまして背中の人の温かさに癒されるんです。
そうすっとねぇ、“ああ、この人を守ってやらなきゃな”って、強く思うんですよ」
照れながら話す九八の優しさに、感謝の気持ちが込み上げる。それを聞いた金吾さまの声も柔らかかった。
「そうか。ならば九八、さよりどののことをちゃんと守ってやってくれ」
「もちろんでさぁ!さよりお嬢さまは源太さまが大切にされてたお方ですからね!わしにできることなら、なんだってやってあげてぇです!」
(……九八……!)
晴れやかに応えるその声を聞いて、こらえきれずに腕に力を込めて、ギュッと九八にしがみついた。
「ぐえっ!ささ、さよりお嬢さま⁉︎ 起きておられたんで⁉︎ 」
「……九八ぃ〜……ありがと……!」
感激のあまりボロボロ泣きながら、首に巻きつけた腕に力を込めているから、九八はにわかに暴れだす。
「わわ、わかりやしたからっ!くびっ、首がしまりやす!」
「あ……ごめんなさい!」
手を緩めると、九八は咳払いした。私に聞かれていたと知って、気恥ずかしさもあったかもしれない。
私も泣いてしまった事が恥ずかしくて、九八の首から外した手で涙を拭った。
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