この空を羽ばたく鳥のように。




 夏が過ぎ、昼間の暑さも薄らいだ 短い秋のある夕方。

 日新館から帰ってきた喜代美の様子がおかしかった。

 帰ってきたのに、挨拶もなしに裏口を回り、明らかにいつもと違う。



 (喜代美……?)



 たまたまその姿を見つけた私は、ちょうど台所で夕餉の仕度を手伝っていた。


 湯気を逃すために開けていた窓から、不審な行動をする喜代美の姿を見かけて、興味本意でこっそりあとをつけてみる。



 喜代美は腕にひと(かか)えもある大きな風呂敷包みを大事そうに抱いていた。
 いったい何が入っているんだろう。


 不安になったのは、喜代美が笑っていなかったから。


 笑みを消しているどころではない。
 ひどく思い詰めたような、心の中で何かが爆発しそうな、危なげで容易に近づけない風情だ。


 いつもは流れるような気品ある所作の彼が、沸き上がる感情を隠すことなく、踏み出す足も荒く肩を大きく揺すりながら通り過ぎる。


 尋常じゃない様子に、異変を感じた。


 その喜代美は、屋敷の奥の日の当たらない建物の陰まで来ると、その場に(ひざ)を折り(かが)み込んだ。
 今までの荒々しさが消え、彼はそっと静かに風呂敷包みを地面に置く。

 高い身長を丸め、風呂敷の結びをほどくその背中は、見ているこっちが心配になってくるほど小さく見えた。



 「……ねえ、どうしたの?それ」



 思いあまって声をかけると、喜代美は針でつつかれたように勢いよく立ち上がり、あわててこちらを振り向いた。



 「……さより姉上……!!」

 「……!」



 驚いた、なんてもんじゃない。

 声をかけたことを後悔した。


 振り向いた喜代美の目は真っ赤で、濡れたように潤んだ中に怒りに燃える鈍い光りを放っていた。


 何かに対する 強い(いきどお)り。
 そして深い悲しみが宿っている。


 あのいつも優しい喜代美が、こんな目をするなんて。










 ※所作(しょさ)……身のこなし。しぐさ。動作。


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