この空を羽ばたく鳥のように。



近くを探せば、すぐに見つかると思っていやした。
とくに深い森もなく、雪ですべて覆いつくされたなだらかな丘陵地。見通しもいいはずでした。

病に(おか)されたお嬢さまの体力を考えれば、そんな遠くに行けるはずがねえ。けれども長屋のまわりや近くの村まで確認に行っても、さよりお嬢さまの姿は見当たりやせんでした。



(一体(いってぇ)、どこ行っちまったんだ⁉︎ )



雪は降り止まず、それに合わせて視界も悪くなる。
(あせ)りばかりが募る。苛立(いらだ)ちを隠せず、足下(あしもと)の雪を思い切り蹴っておりやした。



(まだ旦那さまも清吉も見つけることができてねえ。
もっと広範囲で探さねぇといけねえのかも……)



まわりを見渡しながらそう考える。



(じゃが どこを?どっちへ向かえばいい?
ああくそっ、焦るあまり、いい考えが浮かばねえ‼︎ )





――――コオ――ォッ。





考えあぐね、苛立っていたわしの耳に、ふいに突き抜けるような鳴き声が聞こえやした。

澄んだ声。まっすぐ貫くようなその声に、いままで沸きあがっていた焦りや苛立ちがふっと消えたんです。



「……今の声は、……白鳥か?」



声のしたほうへ視線を向けると、十間(約18m)ほど先に、雪の中に突如現れた真っ白な白鳥が一羽、うろうろしてるのが見えやした。



「………⁉︎ 」



コオッ。コオォッ。



白鳥は短く鳴きながら歩き回り、しきりに首を振る。
心なしか、こちらを窺っているようにも見えやした。



(……そういやぁ……!)



その時わしは、さよりお嬢さまが、やたらと見えない白鳥を気にしていたことを思い出したんです。

「白鳥が鳴いてる」。そうおっしゃって空を見上げるお嬢さまの視線の先に目を向けても、わしには一度も見ることができなかったもの。



(こいつがお嬢さまの言っていた白鳥なのか?)



信じられなくて、ジッと見つめる。白鳥のほうも恐れる様子もなくこちらを気にしている。
そのつぶらな黒い目を見ていたら、思わず大声で呼びかけておりやした。



「おい!さよりお嬢さまがいなくなったんだ!頼む‼︎ どこにいるか知ってんなら、教えてくれっっ‼︎ 」



我ながら馬鹿げたことをしてる。



(白鳥に話しかけるだなんて、こんなアホな事あるか。焦り過ぎて頭がイカれてるとしか思えねえ)



恥ずかしさから自分を罵りつつ反応を窺うと、白鳥はうなずくように何度も首を大きく縦に振ってから、大きな翼を広げやした。
バサバサと大きな羽音をたてたかと思うと、こちらへ向かって走ってくるんです。



「えっ?えっ⁉︎ ……わわっ⁉︎ 」



思わぬ事態にたじろぎながら、迫ってくる白鳥から身を守るため、笠を押さえて(かが)み込みやした。
突風が身体を打ちつける。大きく羽ばたいた白鳥が起こした風だ。

こちらに向けて助走してきた白鳥は、笠を(かす)めて飛び立ち、曇り空を旋回して南の方角へ飛んでいきやした。



「おいおいおいっ!待ってくれよ!」



あわてて後を追いかけやす。根拠なんて何もない。
ただ藁にもすがりつきたい思いでついてっただけだ。

じゃが白鳥はわしを導くように低く低く飛んでいた。それを追い続け、丘陵地を転がるように下ってゆく。

けんど、坂を下りきった先の浅い窪地のような開けたところで、白鳥が急に見えなくなったんです。



「おい、どこ行った⁉︎ ……くそっ!」



ここがどこだかよく分からない。
雪が降っていて、辺りは真っ白。見通しも悪い。
白鳥も完全に見失ってしまった。



(チクショウ……!やっぱついてくんじゃねかった!時間を無駄にした!)



憎らしかったのは、白鳥というより自分。
こんな馬鹿げたことに望みを託した(おのれ)に腹が立ちやした。

あがった息を整え、今来た道を急いで戻ろうと(きびす)を返したとき、目の端にあり得ないものがよぎり、ギクッとして振り向いたんです。

雪の白、曇天の灰色、樹幹の黒。そんな水墨画のような白黒の景色の中で、窪地の中央に先ほどはなかった目の覚めるような青色が見える。



(何だ、あれ……?さっきはなかったぞ)



ジッと目を凝らしていると、青いものがふっと縦に細く伸びあがったんです。


それが何か理解して、大きく目を(みは)りやした。
心の臓が、ドクンと大きく脈打つのを感じやした。


人でした。青く見えたのは着物の小袖で、それを着て袴を穿()いた、刀を二本差している若い武士でした。


わしに気づいてないのか、こちらに対して横を向いていた若い武士が、(かが)んでいる状態からすっくと立ち上がったんです。



目がそらせませんでした。背中に冷水を浴びせられたように寒気がして、瞬時に分かったんです。



(この世の(モン)じゃねえ)



まわりの景色に、その若い武士だけが溶け込んでいないんです。
まるでそこだけぽっかり浮かびあがってるように。
しかもその武士のまわりは、なぜか降ってきた雪が奴に触れる手前で溶けて消えるんです。



(この下北の寒さのなか、生身の人間があんな薄着でいられる訳がねえ!ゆゆ、幽霊だ……)



ゾクゾクしたものを感じるも、若い武士は立ち上がったまま動かない。ずっと自分の足下を見つめていることに疑問を持ちやした。

自分もそこへ目を凝らすと、あっと声が漏れやした。



「さっ……さよりお嬢さま‼︎ 」



探していたさよりお嬢さまが、その足下にうつ伏せになって倒れておられやした。

思わず叫んでしまったわしに気づいたのか、若い武士がゆっくりこちらを振り向くのが見え、(ひっ!)と軽くのけぞってしまいやしたが、視線はその武士の顔に釘付けになりやした。


細い体格からして、源太さまじゃねえ。

白い肌。髷をきちんと結った総髪の頭。
きれいに整った、まだ幼さの残る顔。



(誰だ……?見たことがねえ)



若い武士はこちらに向けて寂しそうに微笑むと、もう一度足下のさよりお嬢さまを見つめ、そのまま雪が舞い散るように消えてしまいやした。


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